|
いっぱい寝たのがよかったのか、明けて10日はもと通り元気になっていた。
日曜の朝は、やっぱマルシェに行かなくちゃ!と、せかせか用意をする。
ムフタール街のマルシェに向けて、元気に外に出る。
日曜日のマルシェは、パリジャンたちのエネルギーを強く感じることができる格好の場所である。
日本人がイメージしている一般的なパリジャンのイメージと、ワタシが考えているパリジャンとは大きなひらきがある。
小粋でスノッブ、スタイリッシュな映画に出てくるような男たちは、存在するには存在するが、そんなひとたちは一握り。めったにお目にかかれるもんじゃない。
もっと、ださくて個人主義。そして、ひと癖もふた癖もある、これがパリジャンだ。
以前ワタシが買い物をしていた魚屋の兄ちゃんは、ワタシに、毎回どっかで覚えたらしいなぞの中国語をワンフレーズぶっ放すのだ。
「わかんないって言ってるでしょう!ワタシは日本人なの!」といくら言っても、彼は絶対、ワタシになぞのフレーズを、雨の日も風の日も、ひとこと浴びせるのだ。ワタシも意地になって、その兄ちゃんとの闘いは1年にも及んだが、彼は一向にひるむことはなかった。とうとうワタシが根負けして、悟りの境地に入っても、彼は最後まで「ニーハオ」からはじまるそのフレーズを愛想よく繰り返していた。それがワタシの考えるパリジャンだ。
そんなひとたちの胃袋を満足させるために、匂い立つ季節の果物、鮮やかな野菜たちが果てしなく並び、鼻をくすぐる鶏を1羽丸ごと焼く肉屋、潮の匂いで頭が揺れるくらい山積みに並べられた魚と貝を勢いよく売る魚屋、そのほかありとあらゆるものが軒を連ねるのがマルシェで、それを見ていると、バーゲンに行くまえのような血のたぎる思いがしてきて、腕まくりして、よっしゃ、行くか!となるのだ。
そんなワタシが格闘していた、バスティーユそばのマルシェと比べると、ムフタールのマルシェは意外と上品なマルシェなので、ちょっと拍子抜けする。
パリ市民のみなさんも、荒くれだった様子はなく、穏やかにお買い物を楽しんでいるご様子なので、ワタシもお行儀よく歩いていると、途中でパン屋を発見。
「まだクロワッサンを食べていない!」とパパが言うので、パリ市内にも結構チェーン店があるパン屋に入り、ヌガー・ド・トゥールという名前の、外見はミルリトンのような、かわいいタルトレットのお菓子を買ってみる。パパは当然、クロワッサン。
いさんで店を出て、カフェでガブリとひとくち。
「ウッ…なにコレ?」
この素朴そうなお菓子の外観にそぐわない、ものすごーく派手な色のちっちゃい羊羹のみじん切りみたいなもんが、どっさりなかにはいっていて、ひさびさの大はずし。
だけど、パパのクロワッサンはとてもおいしかったので、たぶん、ワタシにとってはいただけないこのお菓子もおいしいと思うひとはいるのだろう。変なもの買ってしまったのに、ちょっと得したような気分になるのは変だろうか。
マルシェを見ながら石畳をぶらぶら歩いて行くと、また、「アヴァール」という名前のパン屋があった。
なかをのぞくと、一瞬目を引く小さな石膏でできたようなお菓子がある。
パン・ダニスという名のそのお菓子をいくつか買う。ボリボリボリ。食べると、
「おお!アニスだ!」
「あたりまえでしょう。パン・ド・アニス(アニスのパン)なんだから。」
「不思議なお菓子だねボリボリボリ。結構くせになるねボリボリボリ。歯の悪いひとはかたいからやめた方がいいねボリボリボリ。」
「ボリボリうるさいなー。」
パパは、この手の、歯に負担のかかりそうなお菓子はいっさい食べない。
まえに、ワタシが薦めたヌガーを1個口に入れ、ひとかみして歯がとれてから、そう決心したらしい。
このお菓子は、卵白と粉で練った生地を専用の型に入れて焼いたものらしいが、アニスがこれでもかこれでもかというくらいはいっていて、なんとも形容しがたい不思議なお菓子だった。見た目も石膏でできているような白ッ茶けた素朴な風合いだ。
おもしろいお菓子を食べたな〜日本で紹介できるかな〜などと思っていたら、大森さんの「パリ・スイーツ」に、もう、ちゃんと載っていた。ガックリ。
 |
 |
そこから少し歩いたところに、クラシックなたたずまいのお菓子屋、「レルシュ」がある。
こういう、普通のお菓子屋さんに強く惹かれるのは、ワタシだけではないと思う。 「レルシュ」のような静かな生活の営みが感じられる場所では、ロベール・ドアノーの写真集を見ているときのようなノスタルジックな気分になってくるのだ。
こそっとなかに入っていって、小さな小さなクグロフ、そしてでっかいでっかいマドレーヌ、とてもかわいいシナモンの効いたパート・サブレを使い、なかに甘酸っぱいフランボワーズのジャムがいっぱい詰まったリンツァートルテ、そして、パン・デピスを購入。
パン・デピスは1キロ90フランとのことだったが、「薄く一枚だけ切って!」とお店のマダムにお願いして、切ってもらった。
店から出たら、パパがお店のまえで小さく下を指差している。
そこに目をやると、ショーウインドーの下に小さな窓があって、お店の工房になっている地下室が見えた。おじさんが白いコックコート姿で、大きな作業台の上でなにやら捏ねている。なんだか、秘密の仕事をしている小人さんみたい!とちょっと思ったけど、発言として取り上げられると、かなりバカっぽかったので、口にはださず、その場所を離れた。
そして、ヴァニラ専門店、「メゾン・ド・ラ・ヴァニーユ」へ。
だけど、「メゾン・ド・ラ・ヴァニーユ」は、日曜日の営業は2時半からだった。
ちょっとショック。
ガラスにへばりついてヴァニラを見ていたら、パパがあとでもっかい連れてきてやると言うので、ふたりでとりあえずムフタール街を離れ、また昨日と同じサン・ルイ島へ。
クレプリーで昼ご飯を食べるのだ。クレプリーとはクレープ屋のことだ。
サン・ルイ島には、クレプリーが結構ある。日曜でもやっているし、このまえパリに来たときも、友達とサン・ルイ島でクレープを食べた。
クレープには、あまいクレープと塩気のクレープがあり、使用する粉は普通の小麦粉、全粒粉、サラザンと呼ばれるそば粉のクレープもあり、これはギャレットと呼ばれている。
パパはスモークサーモンとクリームのギャレット、ワタシはほうれん草にクリーム上に卵がのっかったギャレットを注文。そしてシードルだ。ギャレットはブルターニュ地方のもののせいか、やっぱりりんごのお酒シードルを、茶碗のようなカップになみなみと注いで一緒に食す。
天気もよくなってきたし、気分もとてもいい。
しかし、パパは、「日に日に消化能力が落ちてきている…」と嘆いている。
以前のパパなら、ギャレットの次に、甘いシュクレの方のクレープもデザートに食べていたに違いないのに、ちょっと気の毒。
 |
 |
お昼を食べ、「モナスティカ」へ。
ここは、修道女のみなさんが作ったタピや蝋燭などの工芸品と、お菓子が売られている。
おみやげに、ヌガーやクロック・テ・オ・ザマンドとノアゼットを一袋づつ買う。
これは日本に帰国してから食べたが、かなり乾燥した小さなお菓子で、卵とバターとアーモンド、もしくはノアゼットが、はっきり感じられるおいしい素朴なお菓子だった。
そして、再度「メゾン・ド・ラ・ヴァニーユ」へ。
今年はバニラが不作で、なかなかいいバニラが入手困難という事実をみなさまご存知だろうか?
その影響はないのかなーと考えつつ、サロン・ド・テも一緒になった明るい店内で、レユニオン産のバニラとマダガスカル産のバニラを購入。
「レユニオン産バニラって、そんな高品質なんですか?」
「もちろん!ワタシもレユニオン出身だけど…」小麦色の肌のマダムが愛想よく答えてくれる。
『だけど、ワタシ、なんて返事すればいいの?』と、こういうとき、よく思う。マダムもバニラと同じで高品質ってこと?
なんとかマダムの攻撃をかわして、今度はメトロを使って「ストーレー」に向かう。
「ストーレー」は、知るひとぞ知る名店である。店の前に、由緒ありそうな効能書き…じゃなかった、店の発祥の由来なぞを記してある。
店内には、「こんなに全部どうするんだろう?」と心配になるくらい、お菓子が並んでいる。
買ったものはサバラン系のアリババとババ・オ・ラム。
実は、ワタシはサバランが苦手だ。甘いラム酒にどっぷり漬かったブリオッシュ生地、アンジェリカ…どうもダメだ。ガブっといって、「ギャー甘い!」となるか、甘さ抑えました風のものは今度ラムが舌にピリピリきて、「ううう…やっぱダメだ…」となる。
サバランを作る過程で、ブリオッシュ生地を思いきりシロップとお酒の混じった液に漬けるのだが、この工程で軽めに漬けておいたら、食べやすいんじゃないかと思い、やってみたことがあるが、やっぱ中途ハンパなかんじでこれもいただけなかった。
そんなそんなババだけど、「ストーレー」のババなら、もしかして…と思い、まずアリババを…これは、円柱型のブリオッシュ生地のなかにカスタードがはいっているもの。これはやっぱり、一口食べてねっとりとくるクリームパティシエールと、ラム漬けのレーズンがダメ押しでなかにはいっていて、苦しい!と思ってしまったが、もう一方のババ・オ・ラムの方はもっとシンプル。ブリオッシュ生地をラムシロップに浸し、オーソドックスなドレンチェリーとアンジェリカが飾ってある、クラシカルな雰囲気のお菓子。こっちはラムが甘すぎず辛すぎず絶妙だな…と感心した。舌に濃厚に絡まってくるラムがエスプレッソによく合う。おいしいと素直に思えるババ・オ・ラムにはじめて出会った!とワタシが感激しているのに、パパは、カフェの地下と1階を何度もウロウロウロウロ歩き回っている。
「パパ、なにやってんの?」
「トイレ行ってるんだよ。」
「それは知ってるけど、なんでそんなうろついてるのよ?」
「まえにはいった女のひとが出てこないんだよ。」
「じゃ、待ってればいいじゃない。」
「だから、こうやって待ってるんだよ!」
東洋人同士の口論を誰も気にかけるひともいない。でも、トイレを独占中のおねーさんのことも誰も気にしていないのだろうか?
結局トイレに消えたおねーさんは、パパがあきらめてカフェを出るまで姿を現さなかった。
 |
 |
いったんホテルに帰り、休憩後、中華街がある、13区のトルビアックへ。
ワタシがパパと結婚して最初に住んだアパートがそこにある。
今回ひさしぶりにそこに行ってみて驚いたのだが、ものすごくやばそうな所だった。 ワタシはこんなとこにいたのか!と、大久保も目じゃないくらいディープなかんじのところなのだ。
ここには中華、ベトナム、タイ、と、アジアティックなお店がたくさんある。
ワタシたちは、「アジアパラス(國都大酒楼)」へ。
ここでは、日本円にして6000円程度で、腹一杯、北京ダックが食べられるのだ。
「カナール・ラッケ!」と注文すれば、まず鴨が1羽、おじさんとともに出てきて、それを、おじさんが、ワタシの一枚しかないオリーブグリーンのコートに、ビシバシと鴨の油を派手に飛ばしつつ、北京ダックとして見事に身と皮をはがすところを見せてくれる。
「すごい油だねー。鴨はやっぱ油が多いねー。」
「おじさん、華麗なるパフォーマンスもいいけど、ワタシのコートはどうなるのさ。」
ブツブツ文句を言いながら、コートを油はねのしないところに隠す。
お皿に盛られた大量の北京ダックと、小さなセイロに入った餃子の皮風のものにテンメンジャンという甘い味噌をからめ、白髪ねぎを添えて、いただきまーす。
皿が空になったら、今度は、さっきのダックの骨でとった透明なスープが出てくる。
これを小さなボウルに注ぎ、食べていたら、次に、ダックの肉を使ったヤキソバが出てくる。
これはなんとも言えぬ不思議な味で、トウバンジャンをつけて辛味を加えるとすこぶるいいかんじになる。これが全部で6000円なのだから、まあ、多少、コートに油じみができても、まわりでやばそうなお兄ちゃんたちが暴れていても我慢することにしよう。
 |
 |
お腹一杯になったので、パパは、また、まえに住んでいたアパートまで行こうと言い出した。
行きたくないと言っても、絶対パパは行くと思ったので、仕方なく薄汚い道を歩く。
アパートはちゃんと残っていて、パパはなかに入りたがった。 「だけど暗証番号は?」セキュリティのため、住人にだけドアの暗証番号が教えられているのだ。 「何番だったか覚えてる?」 「たしか、4AB6だっけ。」
口に出して言ってから、しまった、と思った。
パパはもうその番号を押していたが、当然、番号はもう変わっているせいで、ドアは開かず、けたたましい警報音が鳴り出した。 「やばい!逃げろ!」 「もう…あんた、1回捕まったら?」
パパは、むかし、東欧の共産圏の夜行列車のなかで、列車をとめる急ブレーキのようなものを、ぶら下がり健康機と思ってぶら下がり、列車を急停車させたことがあるそうだ。
それを聞いたとき、「まさか…」と冗談だと思っていたが、今なら、「このひとならやりかねない。」と、妙に確信を持って答えられるのが悲しい。
その夜、ワタシたちは、本当に猛ダッシュで、なつかしいトルビアック通りを走って帰った。
|