| parcours du chef |
| 講師のプロフィール |
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かとう みどり
KATO Midori
パリに3年間滞在。
東京製菓学校卒業。
代官山イル・プルー・シュル・ラ・セーヌお菓子教室卒業研究科修了。
フランス国立製菓学校にて研修。
フリーのお菓子教室講師などを経て、
2002年 紅茶グマ焼菓子工房開店。
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プロフィールみたいなもの・・・
極小の店を開店してから早や4年。
日々の、ほとんどがしょうもない出来事を、掲示板などにちまちまと書き連ねてまいりましたが、
店のオープン当初より、ご来店のお客さま、ならびにメールをくださる方々から、よく聞かれるのが、
「どうやってケーキ屋さんになったんですかっ?」
「どこで修業なさったんですかっ?」という質問。
たくさんの方が、キラッキラ目で、この質問を私にしてくださるのですが、
常日頃より、ほとんどふざけたことしか言わないもので、
いろんな方にいろんなことを適当に言ってしまいました。
こんな私の話を真面目に聞いてくださったみなさん、ごめんなさい。
紅茶グマ焼菓子工房開店
で、ケーキ屋を始めようと思ったのは、2001年の2月ぐらいからで、それまでは、ケーキの注文を細々と友人知人からもらい、
積み上げた製菓道具と、製菓材料のせいで、九龍城のようになってしまった自宅のキッチンで、何かが雪崩を起こし、棚から降ってくるのを怖れながらケーキを
作っているか、そうでなければ、でっかいバックに製菓道具一式詰め込んで
「誰かケーキを習いませんか〜?ケーキはいらんかね〜?」とさすらいの日々…でございました。
そんな私に声をかけてくださった、現在の大家さんであるK夫人は、彼女特有の落ち着いた、だけど茶目っ気のある声で、
「今度自宅をマンションにするのだけれど、みどりさんお店やらない?」と言ってくださったのです。
それから、あーだこーだ、いろいろすったもんだの末、紅茶グマを開店することになりました。
最初のチーズケーキ
まずは、紅茶グマ開業前後の話から少しさかのぼって、私がケーキを作り始めた頃のことを、お話したいと思います。
私は夫と結婚してすぐにフランスに行きました。
で、向こうで修業!したわけではなく、ほぼ「食っちゃ寝の日々」。
することがない日は、昼の12時ごろ起床、「奥様は魔女」(←なんでだかフランス滞在中ずっと「奥様は魔女」をテレビでやっていたのです)を観ながら、夫
が作ったスパゲティーをずるずる食べ、友達からぶんどったエスプレッソマシーンで、エスプレッソをいれ、また、すぐ横になって本を読む。
そして、夕方になり、やっと外に出て買い物。もちろん食べる物を買いに。
最近、仕事がたてこんでくると、
「あの頃あまりにもグータラし過ぎたせいで、きっとバチがあたったんだ…」と
泣きながら思うのです。因果応報とは言え、おそろしいことです。
そして、帰国の日を迎えたときは、長女を妊娠中で、すでに8ヶ月目でした。
ケーキを作り始めたきっかけは、長女の出産後。
フランスで仲良くしていた、現在は奈良でフレンチのレストランをやっている友人夫婦のところに遊びに行ったときのことです。
そこで、夫と友達のダンナは遊びに行ってしまい、残された女ふたり、ヒマだったので、友達が思いついたように「みどちゃん、お菓子作ったろか」と言い出しました。
「お菓子?めんどくさくないの?」
「それがめっちゃ簡単やねん」
彼女はそう言って、チャッチャッチャと私にチーズケーキを作ってくれたのです。
それが、ビックリするほどおいしかった!
「なんだ、お菓子って簡単じゃん…」
愚かにも私はその時そう思いました。
で、お菓子を作り始めたのです。
が、やってもやっても、当然なのですが、全然まったく、うまくいかないんですな。
ここで、あきらめてやめることもできたと思うのですが、なぜかその時、ものすごく意地になって、一日で卵、しかも卵白だけ80個使ってエンゼルフードケーキ玉砕したこともあります。
残された80個の卵黄と夫は「どうすんだよ、おい…」と呆然でした。
製菓学校入学
そこで、ハテナを解決するために、「私、お菓子のガッコに行く!」と、決心したのです。
長女が3歳でした。
もちろん、子供のこと、家のこと、仕事…いろいろありましたが、やると言ったらやるのです。家族(ここでは夫を指します)は、私の決めたことに反対はしない男です。
こう言うと「いいわね〜自由にさせてもらって」とよく言われるのですが、自由というやつは反面とても厳しいものです。
いざ何か決断するとき、窮地に立ったとき、全部自分で決めなければいけないのです。「助けて〜!」と夫に頼ることはできません。
好き勝手やって、その上困ったら助けてもらう…そんなムシのいいこたぁ我が家では許されんということです。
そりゃ、家族ですから、アドバイスをもらったり、助け合ったり、いろんな部分でシェアをしながら暮らしてはいますが、根本的に自分のことは自分で。これが基本です。
愚痴を聞いてもらいたくても、「そういう考えは間違っているよ…」と、ごもっともな説教を喰らっちまうので、泣き言もダメ。これって、当たり前のこととは思いつつ、結構、厳しかったりします。
まあ、その話はさておき、私はめでたく製菓学校の夜間部に、10代20代の若者に混ざって、入学したのです。
まさに遅咲きデビューでした。
朝、子供を保育園に預け、1年のときは友達のビストロ、2年になってからは製菓学校の担任の先生に紹介してもらったケーキ屋で、4時まで働き、いそいで帰ってきて、子供を保育園に迎えにいき、夕飯の支度をして、夜は週に3回、製菓学校に通いました。
なんだか、こう書くとすごいがんばり屋みたいですが、実際は、製菓学校が自宅から徒歩で行ける距離だったから2年間通えたと思うし、つまんなそうな授業の時や雨が降ってかったるい時などは、さぼってしまったことも多々あります。
そんなこんなで、長女が5歳のとき、私は製菓学校を卒業しましたが、クラスの友達のように、ケーキ屋に就職はできませんでした。
就職をしなかった第1の大きな理由は次女を妊娠していたからです。
第2第3の理由もあるこたぁあるのですが、妊娠は、そんなことすっ飛ぶくらいの大きな理由でした。
その時も「あ、そうなんだ…」と思っただけで、ひとに遅れをとったとか、自分だけ取り残されたとか、そんなことは全然思いませんでした。
もともと他人と自分を比較することは無意味だと思っているので、かなりのんびり屋なのでしょう。
そして、製菓学校を卒業して8ヵ月後、二人目の子供を出産いたしました。
イル・プルー・シュル・ラ・セーヌへ
そして、次女が1歳のとき、イル・プルー・シュル・ラ・セーヌの教室に通うことを決めたのです。
イルプルのことは、フランスで生活していた頃、知りあったパティシエ、コックさんたちからいろいろ聞いて、「すごいお店がある」ということだけは、予備知識として知っていました。
でも自分がイルプルに行くなんて、なんだか怖くて、製菓学校に行く前も、選択肢として、イルプルの教室も当然考えられたはずですが、結局、製菓学校に入学したのです。
製菓学校が職人養成所だとすると、イルプルは達人養成所。随分勝手が違います。
ほとんどが、パンやお菓子の教室の先生をやっている方、将来お店を持つため、またはお店で仕事をしていて、技術向上のために来ている方、みなさんそれぞれが目的意識をはっきりと持ってる方ばかりでした。
その頃の私は、この先はどうするか…というのは、あまり考えていなかったように思います。
ケーキ教室の先生になるには、あまりにもそそっかしく、お菓子屋やカフェをやるという具体的な目標もありません。
周囲は、「ここまできたら、なんかやんなさい」的な見方をしていたと思うのですが、その頃の私は、やっぱりマイペースで、ただ、ちゃんと自分で納得のできるお菓子を作れるようになりたかった。
それだけでした。
そして、イルプルは、そんな私の願いをちゃんと叶えてくれました。
そのうち、チョコチョコとお菓子の注文が入り始め、製菓学校時代の友達から、講師として、ケーキ教室に呼んでもらったりして、おっかなびっくり、仕事として、「自分でつくる」ということを始めました。
そして、紅茶グマ開店につながっていくのですが、随分長いこと自分のことについて語っちゃいました。(汗)
映画なら、紅茶グマ開店で、字幕が出て「THE END」かもしれないけれど、開店からが物語の始まりで、ただ、今、むかしダラダラし過ぎた報いがきて、私はまさに悪戦苦闘中です。
ずっとこの店を続けていければうれしいけれど、それは神のみぞ知るというところでしょう。
ぽよよんのススメ
私はいつも、いつでも、ぽよよんとしています。
石橋を叩いて渡ることはしません。というか、できないようです。
なので、当然いっぱい失敗します。
イルプルの弓田シェフが酔っ払って、私に、「店をやってみろ。やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいだろ」と言ったのは、まさに「いよっ!シェフに座布団1枚!」という感じでした。
このシェフの無責任きわまりない言葉に、納得いかないニオイを嗅ぎ取った方は、お店を始めることはやめた方がいいかもしれないです。
お店は資金もかかるし、大変疲れます。毎朝、新グロモントを1本、腰に手をあててイッキ飲みです。かわいい子供ともあまり遊べません。
おまけにヘタすると、そそっかしくも左手の小指を、開店予定日1週間前に、骨折したりするかもしれません。
だけど私の座右の銘は「なすがまま、流れるがまま」で、いつもいつでも流れに逆らわず、局面局面で後悔しないように…をモットーに、「こうなったらこうするしかないじゃ〜ん」と、これからも流れに流れつつ、日々を過ごしていきたいと思います。
将来お店を開店したい、ケーキ教室を開催したい方々、あまり参考にならないとは思いますが、これが私のケーキ屋を始めるきっかけのきっかけです。
ケーキ屋で修業してなくても、若くなくても、お金がそんなになくても、店はやろうと思えばできると思います。
それがどんな店になるかは自分次第。
夢があるならその夢へのテンションを、そんなに高くしなくていいので持ち続けて、なおかつ、「ぽよよん」と暮らす。
いつもどんな時でもムキにならずに、「ぽよよん」です。
私の場合、無理をしても、長続きしないのです。もし行き止まりにぶつかったら、方向転換するか、少し待つか…同じ目的にたどりつくのに、いくつかの方法があって然りだと思っています。
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