ouvrons une pâtisserie!
紅茶グマ開業日記
2001年12月
12月3日   ショック!                                
忘れもしない、紅茶グマオープンを1週間後に控えた12月の3日。
閉店したパティスリーから、色々な道具を譲り受けるため、私とパパはふたりで、夜の7時頃、バタバタと、閉店したお店にお邪魔したのだった。
小さな型や大きな型。色々な道具を次々とタンボールに詰めて、慌しくふたりで運び出す。
お店のオーナーとお嬢さんが立会人として、一緒に運搬を手伝ってくれていた。
そして、事件はその時起こった。

作業台の上に乗せられていた10コートミキサーを、運ぶことになった時のことだった。
オーナーのお嬢さんが「これどうする?」と、そのミキサーを両手で抱きかかえて、一瞬持ち上げたのだ。
「あのね、ひとりで持つのやめときなさいよ。結構それ重いんだから」オーナーが、お嬢さんをたしなめたため、お嬢さんはミキサーを、再び、もとの作業台の上に置いた。

「じゃ、ふたりで運ぼうよ」
私はパパにそう言って、ミキサーに手をかけた。
そして当然のことながら、ふたりで、どっこいしょとミキサーを持ち上げる。
「!」
持ち上げてみたら、そのミキサーは、ものすごい重さで、パパはともかく、私は持ち上げたままの姿勢で立っているのが精一杯。プルプルしながら、「お嬢さんはなんでひとりでこんなものが持ち上げられたの???」と悩んでいた。
堪りかねたパパが、早口で「取り合えず、もとに戻そう!」と、言った。
私は一瞬、そのパパの言葉が聞き取れなくて、「え?どうするの?え?」と聞き返した。
この時、お互いのプルプル度は頂点に達して、「もうこられきれん!」というところに達していたものと思われる。
「早くしろ!」パパが怒鳴る。「え?え?」私はどうしていいかわからず、おたおたミキサーを下に置こうとした。
パパはミキサーを作業台の上に戻そうと、思い切り横に動かした。
「ガン!」と音がして、その場にいた全員が凍りついた。
大きく振り切られたミキサーは、作業台の上に乗る前に、私の左手の小指を作業台の角で、思い切り挟み込んでいたのだ。

全身の力が抜けて、血の気が一瞬にして引いていき、私はその場に座り込んだ。
「大丈夫?」みんなが私のまわりに集まってきた。
なんとか態勢を整えて、左の小指を握りながら、
「すみません。今日はもう作業できないかも…車に戻ってます」と言って、そのまま車に戻った。
私はこういう痛みにとても鈍いらしく、痛いとはあまり思わなかった。
ただ、たぶん骨折しているであろう自分のひしゃげた小指を見て、そっちの方が泣きたい気分だった。

救急病院に行くと、左手の小指はやっぱり骨折していた。
痛々しかったのは当の私よりも、ミキサーを運んでいた相方のパパだった。
血の気が引いて、軽く突いたらそのまま倒れるんじゃないかと思うくらい、悲壮感漂う顔をしている。
「痛い?」
「そうでもないよ」
しかし左手はグローブのようになっているため、あまりその言葉に真実味が感じられない。
オープン、一週間後って、無理かなあ…パパも私もそのことばかり考えているのに、どうしてもそれが口にできずに、ずっと暗い病院の待合室で肩を並べて、静かに座り続けていた。
12月7日    ショック!その2
後日、再度診察となり、レントゲンを見ながら、整形外科の先生から、指の第一関節の骨が離れているため、ワイヤーを左右から差込み、骨をつなぐ手術をすることを説明してもらった。

手術のための検査をして、私は待合室に座っていた。
若い看護師さんが私の側にやってきて、手術の説明をしてくれて、
「手術ですので、万が一ですが、指の骨がつながらない場合がありますが、ご了承いただけますか?」と言った。
その言葉を聞いた途端、今まで押さえてきたものが一気に溢れだすように、涙が出てきた。
看護師さんが、静かな声でもう一度、
「よろしいですか?かとうさん」と言った。
「……嫌です。指の骨がつながらないかもしれないなら、こちらで手術はしたくないです」
そう言って、私は唇をギュッと結んで、声を出さずに涙をこぼし続けた。

午後、何も知らないパパが、私の病院にやってきて、卒倒しそうになったらしい。
ナースステーションで、看護師さんに、
「患者さんが手術をどうしても納得してくださらないので、今、医師と看護師で説得にあたっていますが、ご主人からもすすめてあげてください」
と言われ、ものすごくびっくりして、慌てて病室に入っていったら、
私が先生と看護師さん達にぐるっと囲まれて、金剛力士のような形相で、しかもただただ涙を流しているのだ。
かなりビジュアル的にコワイものがあったらしく、パパは最悪の事態を想像して、ひっくり返りそうになったそうだ。
「最悪ってなに?」
「そりゃ、よくテレビであんじゃん。もう、二度とケーキは作れなくなったんじゃないかと思ったんだよ」だって。

結局、先生が丁寧に説得してくれて、私は看護師さんは一応そういうふうに言っただけで、絶対大丈夫だと、自分で確信が持てたため、金剛力士の形相のまま、車椅子に乗せられ、手術室に運ばれていき、無事手術は終わった。

手術後、再度レントゲン室に運ばれていき、レントゲンを撮ったのだが、奇しくも昨日レントゲンを撮ってくれた同じ技師さんで、その時は「いやぁ、やっちゃいましてね〜ヘッヘッへ!」と、サウナでしゃべるオヤジのようなノリだった私が、泣き疲れてガクーンとなっていたので、
「すごく痛かったんだね…」と、同情されてしまった。

だけど、少し眠ったら元気が出て、パパが夕方お見舞いにきてくれたときに、
「まい泉のカツサンド食べたい!」と言って、買いに行ってもらってる間に、病院の夕飯が来てしまい、仕方なく(?)両方食べて、ものすごく胃がもたれて、夜、看護師さんが見回りの際に、「どうですか?」と聞かれ、
「気持ちが悪いです…」と言ったら、
「手術で気分が悪くなるようなことはあまりないと思うから、きっと精神的なものですね」
と言われたけど、まさかカツサンドと病院食を食べ過ぎて、こうなっているとは言えず…

胸やけに苦しみながら、病院での夜は過ぎていった…
12月31日    オープンは延期・・・
オープンは思い切り延期になった。

静かな厨房、静かなクリスマス。

同じ通りにある焼き鳥屋のご主人が言った。
「オープン前は、作る人は、絶対重いもの持ったらダメだよ。焦ってるから事故が多いんだってば!」
「なるほどね〜、もっと早くそれ聞いとけばよかったよ…」
包帯でグルグル巻きの左手で頬杖をつきながら、ため息をつき、烏龍茶をヤケ飲みする女、みど…
しかし、あのミキサーをひとりで持ち上げた、例のパティスリーのお嬢さん。
「あの子は引越し屋さんがスカウトに来るくらい怪力なのよ〜」と、あとでオーナーが笑っていたっけ…
ちぇ…そんなこと、私がミキサーを持ち上げる前に教えてくれよ…と、ブツブツ文句を言う女、みど…

いつかはこの鬱陶しい包帯も取れるし、骨もつながると思うが、なんだかなあ。
パッとしない年の暮れ、新宿駅を歩いていると、しつこく手相をみせてくれと言う若い女の子に、
包帯の手をコートのポケットから出して、「手相はみせられないわ〜、だってこれだもの!」と、ビビらせてしまったり…
そんなこんなで、2001年は幕を下ろしてしまった。

まさかということが、次々起こるのが紅茶グマだと、マリちゃんがよく言うけど、
まさにまさか!の出来事でした。
その後、紅茶グマは、年明けて、2002年2月、オープンにこぎつけました。