ouvrons une pâtisserie!
紅茶グマ開業日記
2001年10月
10月3日   みど姉、ブルージーなおじさんの声にしびれる                                
今日はテンポスバスターズ新宿店に行ってみる。
新品の冷蔵庫や冷凍庫からイスやテーブルまで、店舗に関するものが格安で売っているのだから、いっぺんのぞいてみよう!とすでになんべんものそいている。

冷蔵庫冷凍庫は以前、近所の製菓店でゆずってもらおうと思っていた。
だけど、耐久年数10年と言われているものが、すでにそのお店で冷凍庫冷蔵庫ともに10年以上使っており、運搬費用が一台につき10万ぐらいかかるということ。
その冷凍庫、冷蔵庫、両方のコンプレッサーに使用しているフロンガスが、すでに日本では使用不可になっているもののため、もし運搬その他で冷蔵庫のガスが抜けた場合、(結構簡単に抜けてしまうらしい)代替不可ということ。
そこで仕方なく、リースにするか、冷蔵庫冷凍庫を買うか、という選択を迫られてしまっているのだ。
リースだと自分のものにならない…ということがひっかかるが、2〜3年リース料を払って、あとでその冷蔵庫を安く買い取ることもできたり、リース中、もし故障したらメンテナンスは業者さんがすっ飛んできてくれるのだから、考慮の余地は十分ある。
私は、冷凍庫は必要だが、冷蔵庫は厨房の狭さから考えて、コールドテーブルという、作業台の下が冷蔵庫になっているものにしようかと思っている。
いろいろそろえられたらいいけれど…先立つものに限度あり、スペースに限界あり、なのだから仕方ない。

窓口で、若いピアスをしたお兄さんにひととおり相談したあと、店内をぶらぶらしていると、「いかがですか…」と、声をかけてきた60がらみのおじさんひとり。
おじさんは、私が見ていたガラス張りの冷蔵庫について、熱く語り始めた。
 「そいつはね、中の温度が普通の冷蔵庫と比較して、安定してないんですよ。ほんとうのことをいうとね!」
 「お客さん、店は新宿区ですか?新宿区の保健所は厳しいですよ〜シンクの大きさは決まってたな〜確か××cmの大きさ、いりますよ。ほんとうのことをいうとね!」
…とおじさんの爆裂トークはえんえんと続いた。語尾には、「ほんとうのことをいうとね!」がもれなくついていた。
デパートの穴あき包丁とか売ってる、主婦を買う気にさせるセールストーク上手で、浪曲うなったらシビレちゃいそうな、ダミ声のおじさんだ〜!と思いつつ、おじさんの演説を30分くらい聞いて、得した気分で帰宅。

おじさん、ありがとね。また行くから、いい声聞かせてね。
10月5日    見本市は楽しいな
今日はケーキ屋で働いている友達のところに呼ばれて、クリスマスの飾りを注文しに行った。
クリスマスのサンタとかモミの木とかあるじゃない。あれあれ。
もう、クリスマス?と言うなかれ。今注文しとかないと、11月になって業者に言っても、全然とりあってもらえない。
そして、だいたい単位が100個以上でないとダメなので、私なんか、ちびっとでいいひとは、友達のところで一緒に注文してもらって、十分なのだ。

 「これ、かわいい!」
 「うーん、でも、うちはこんな大人っぽいのはいらんかも…」となかなか決まらない。
結局、チョコレートのプレート、ホワイトチョコのとチョコレートのもの、キコリサンタ(サンタが赤いタイツはいてるみたいなやつ)あと、キャンドルとモミの木とトナカイがひとふくろになってるものを注文することにして、友達の店を出た。

そのあと、浜松町でやっている「ジャパン・ケーキショー東京」という東京都洋菓子協会主催のケーキ見本市に行こうと思って、渋谷でおりたら、電車が事故で止まってる!
 「ちえー!」とぶつぶつ言いながら、立ち食い蕎麦屋でサラリーマンのおやじに混じって天ぷらそばを食べ、東急デパートの食料品街、フードショウをのぞいて、ぶらぶらすること一時間。
やっと電車が動き始めたので、電車に乗り、浜松町へ。

この見本市は毎年10月に行なわれていて、ケーキコンテストあり、材料屋さんや製菓器具屋さん、包材屋さん、ショウケース、オーブン、冷凍冷蔵庫、製菓学校、ありとあらゆるものが出店していて、興味のあるひとは一般でも1000円払えば、入れてもらえるから、一度行ってみてもおもしろいかも。
私もマトファーのコルネとイタリアのメーカーのパイカッター、使い捨ての絞り袋を、とにかくもう売っちゃおうとヤケ気味のおじさんから買った。

興味のある業者さんとも少しお話しして、名刺も交換してきた。
試食品もイヤって程あって、栗のペーストからドライフルーツ、生クリームまでいろいろ食べて、天ぷら蕎麦がまだ胃のなかに残っているのに…と思いつつ、会場を後にして、今日はこれにて業務終了!と思い、家に帰ったら、包材屋さんからシールと箱の見積りに関するファックスが届いていた…
 「そうや!シールを忘れとったやん!」と、ぶら下がる子供を腕に抱えてドタバタ…。
10月9日    ふたりのなごみ系おじさん
週明け…って言葉が憂鬱に聞こえるようになったてきたのは、いつからだろう?

シール屋のおねえさんに、シールのデザインを早急に送るように言われているけど、デザイン担当のよこちゃんが本業が忙しそうで頼むに頼めない状態。よこちゃんになんとかデザインを早めに仕上げてもらうよう、泣きのはいった電話をしなきゃいけないし、シール屋さんにもデザインが遅れることを電話しないといけないし、大家さんが「店の設計図を見てないわ!」とおっしゃっていたので、それも見せに行かないとだし、設計のKさん、きっとまたなにもやってないだろうから、そっちにも電話してみないとなんないし、厨房機器の営業のお兄さんも、なかなかつかまらないから、なんとか今日はとっつかまえて、見積りを出すように催促しないといけないし、来週、子供のための簡単な1日お菓子教室を頼まれているので、それの打ち合わせもしに行かなけりゃなんない。
うー、考えてみたら今日やらなきゃいけないことは、全部私の嫌いな交渉の仕事ばっかじゃん。
おしゃべりなんだから、そんなのちょろいでしょ?と思うかもしれないけど、ところがどっこい、くだらないことはいくらでもしゃべるんだけど、こういう大切なことはからきしダメ。役立たずなのだ…
でもダメって言ってても、はじまんないから、取り合えず、あちこちこ電話をかけまくる。

大家さんのところにも設計図を持って、すでに出来上がっている新築マンションに出かけたけど、大家さんがお留守だったので、帰ろうとしたら、
 「うぉーい。」とのっそりした変な声がする。
なんだろう?と思ってマンションの中をのぞくと、見たことのあるおじさんがひとり。
 「なんだ、エンドウさんか」
エンドウおじさんはうちのダディの会社の職人さんだ。
 「エンドウさん仕事中?」「そうだよ。はいるか?」「だって大家さん留守だもん。」
 「ほれ、いいもん見してやるから、はいんな。」
エンドウおじさんが中からドアを開けてくれた。
 「いいもんって、なに?」「こっち、こっち」
エンドウおじさんに連れられて1階の廊下を奥に進んで行くと、ひとつの扉の前についた。
 「開けてみなよ」
言われるままにドアを開けると、「わーい!」
ウォシュレット付きのトイレだった。
 「トイレにウォシュレット付いてるんだー」
 「そうだよ。はりこんでんだぞ。」
エンドウおじさんと私の笑い声が、誰もいないマンションの1階に響いた。

もう少ししたら、このマンションに住むひとたちが越してくる。私の店も出来上がる。
今はまだ空っぽだけど、これからたくさん、笑ったり怒ったりのいろんなことが起きるだろう。いろんな思い出がこの空間に刻み込まれていくんだ…
そんなことをふと思うと、ちょっと楽しい気分になってきた。
 
そしてエンドウおじさんと別れて、お菓子教室の打ち合わせを終え、大久保通りを歩いて家に帰ろうとしていたとき、ふと目にとまった石材屋さんの店内。
思い切って中に入り、40センチ角の大理石を発見!
それを格安で、しかも消費税もおまけしてもらって、購入できたのも、気分の上昇に拍車をかけた。
 「この大理石はイタリアの石だよ。」
おじさんは大理石を丁寧に丁寧に何度も拭いて、私に渡してくれた。
 「あのね、水で濡らしっぱなしはよくないからね!よく拭いてやってね!」
もう信号を半分渡りかけている私に、石屋のおじさんは大声でそう言った。
 「あいよあいよ。おじさん、この子はもらっていくよ。私が大事にパイやタルトを作る時に使うからね」
振り返って、おじさんに頭をさげつつ、ひとりごとの多い私はそう、ブツブツ言いつつ、大理石を抱えて、出て行った時とは比べ物にならないくらい晴れやかな気分で、帰路についた。
ありがとね。おじさまたち。単純な私は、おじさまたちのお陰で、午後はパイを作ってなかなかの1日になったよ。
10月11日    みど姉、百恵ちゃんになる、の巻
インターネットで友達になったみなさんとランチをするため、駅に向かって歩いていると、突然電話が鳴った。
出てみると、設計士のKさんだった。
打ち合わせのあとで、Kさんが、「知ってます?この話?」と切り出した話は、まさに開業を決意してから今までで、3番目か4番目ぐらいに私をびっくりさせてくれる内容だった。
 「みどりさんとこに置く、オーブンなんですけどね…」
 「あ、オーブンを早めに引きとってほしいって話でしょ?聞いてますよ。」
 「いや、それじゃなくて…」
 その先のKさんの言葉を聞いて、私は思わず後ろにのけぞりそうになった。
 「ケイさんとこの工場に、新しく買う予定のオーブン、どうやら設置ができないらしいんですよ。」
 「えー!どういうこと?」
 「工場の中に入らない大きさらしいんです。」
 「……」
言葉がでてこない。

オーブンのお話を、はじめて聞くみなさんのためにお話しすると、開業するにあたり、友人ケイちゃんが働いているお菓子屋が来年引越して、工場を新しく構えるため、現在使っているオーブンを割安で譲ってくれる約束だったのだ。
ただ、問題はケイちゃんのお店の引越しが来年の4月。私は今年店をはじめる。その間、オーブンをどうするか…が唯一の問題だったのだ。
だけど、私が取り付けと運搬費を負担することで、ケイちゃんのお店は新しいオーブンを早めに買って、私にやや小ぶりになった現在使用中のオーブンを早めに渡してくれるはずだった…のに…のに…。
 「じゃ、もしかして、私のところにオーブン来ない可能性がありますか?」
 「ウーン…どうでしょうか…」
ひとむかし前の山口百恵ちゃんドラマなら、ぶっ倒れても全然おかしくない状況だ。三浦友和に「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」とか言われつつ…
設計士のKさんは、なぐさめの言葉を言ってくれてたけど、もうガックリで、聞く耳持ってない百恵ちゃんになってる私は、「じゃ、失礼します。」と電話を切ってしまった。

ケイちゃんに電話しようとしたら、もう私は駅に着いていた。
改札をぬけ、ホームに着くと電車が来た。
そして、電車に乗り、次に降りてまた電話しようと思ったら、スムーズに電車が来て、またすぐ車内に入ってしまった。
そこで、考えた。
ケイちゃん、どうするつもりかな…オーブン渡せなくなったって言ってくるかな。それとも…
もうそこで、あれこれ考えるのをやめた。
今、電話しなくても、どうせ2〜3日経てば状況説明もしくは結果報告がケイちゃんからくるはずだ。
ケイちゃんがどうするか、ちょっと見てみたくなった。
百恵ちゃんから突然佐分利信(古い…みんな知らないねたぶん…)に変身した私は、深呼吸して電車を降りた。

ランチの約束をしたみんなが、改札口で待っていてくれて、にこにこ手を振ってくれていた。
10月12日    またかよ、おい
今日は、朝から紅茶グマ建設予定地に出向いて、大家さんご夫妻とうちのダディ、建設会社のおじさんと、設計図をもとに、いろいろ検討確認作業をする。

まず、クーラーの屋外機をどこに置くか、これは全然問題なくクリア。そして、ビルの壁の部分を土壁風にしたいとお願いするが、壁を変えると全体のイメージが違ってくる…と大家さんがおしゃるので、許可が下りなかった。
そして、シャッター。
シャッターは防犯上つけたいと思っていたが、どうも天井が低く、しかもサッシ、そのほかの諸事情により、シャッターは断念することになった。
 「どうしよう、店のガラスにスプレーで『ファック・ユー』とか『○○参上!』とか書かれたら…」と、また、しょうもない方に思考が飛びそうになるが、ダディの困った顔で現実にもどってくる。
どうやら問題になっているのは、マンションのまん前にどんと電信柱が立ちふさがっているため、大家さんの経営する会社の2トントラックが、うちの店のとなりにあるガレージ前で荷物の搬入をする際に、店のエントランス部分のでっぱりにぶつかってしまうのだ。そのために設計を修正変更…という話になっているらしい。
まえからあの電信柱は美観的にとっても邪魔だと思っていたのだが、コイツにこんな形で、私の邪魔をされるとは夢にも思っていなかった。
人間あまりにもいろんなことが起こると、だんだん、ヘビーな中にも、笑いとペーソスを見つける能力が開発されてくるものらしい。
私から見ると、かなりオトナのみなさんが、エントランス前で、ケンケンガクガクやってる姿は、ちょっとおもしろかったりして…
私のような若僧の言葉に、とても耳を貸しそうにないみなさんだったけど、勇気を出して言ってみた。
 「あのー、もしかしてですね…」
案の上、みんな振り向きもせずに、「120センチギリギリまでに張り出しを押さえれば、なんとかトラック通れませんかね?」とか「いやー、あのトラックの高さだと、それでも無理じゃないですかねー」とか、眉間にシワを寄せ、なおも話は続いている。
 「あの、ちょっと、うかがいたいんですけど!」
私の声は結構甲高い。その甲高さにつられて、一瞬みんなが私を振り返った。
チャンス!言っちゃえ言っちゃえ! 
 「そのトラックって、どのくらいの間隔でここに荷物を持ってくるんですか?」
 「え…1ヶ月に1、2回だけど」
 「だったら、ガレージ前につけなくても構わないわけですよね?この店の前に止めてください。」
 「え…だって、ご迷惑でしょ」
 そんな、あんた、たった1ヶ月1、2回、店の前に駐車するトラックを我慢する方が、店の設計を大幅に変更するより、よっぽどご迷惑じゃないよ。
 「大丈夫です。そのくらい平気ですから。私。」
ダディが「そうか。そうだよな。それに駐車する時間って、半日ぐらいでしょう?」と口添えしてくれた。
 「荷物を下ろすだけだから、たぶん1回に30分ぐらいかな。本当にいいの?」
 「もっちろん、いいです!そうしてください」
これで一応みんな納得して解散になった。
あーよかった。これでまた、設計まで変更するなんて、そんな面倒なこと…イヤだよ。

ほっとしつつ帰宅すると、ダンナが家の前をうろうろしていた。 
 「おう!キミはぴろきちくんじゃないか!」
 「おう、じゃないよ。昼飯どうすんだ?」
ハァ〜…そういや昼か…
 「なに食べるかね?」 「スマン。今、なんにもないよ」「……」
ダンナも同じようにハァ〜という顔になった。家族には申し訳ないことも多い。
 「じゃ、ま、今日はワタシがぴろきちくんに、ごちそうしますよ。」
私たち二人は、昼飯を求めて、大久保通りに出るため、また紅茶グマ開店予定地のマンション前を通った。
大家さんちの赤いネコが、マンションの前で、ばったりひっくり返って気持ちよさそうに日向ぼっこしていた。
 「バイバイ、テンちゃん。お店できたら手伝ってね」
 「ついにネコの手も借りますか。」
手を振るワタシをまったく無視して、テンちゃんは相変わらず温かい10月の昼寝を満喫していた。 
10月14日    ヒマなんだけど
今日はヒマだった。
でもなにか用があるのを、すっかり忘れているんじゃないかとドキドキして過ごした。
ヒマなら、ケーキ教室のことでも考えようと思いつき、いろいろ考えてみた。
ケーキ教室を去年の秋から始めたものの、私の天然ボケが災いして、いろいろ失敗するのだ。
自分ひとりでお菓子を作っていて、「ギャー!間違えた!」となっても、「ばっかみたい!なんでこんなことするんだよ!」と、ブツブツ文句言いながら、やり直しすればいい。
しかーし、他人さまに自分のお菓子を教えるとなると、「ギャー!」じゃ、落とし前がつかないのだ。
以前、ものすごーく安い授業料で、雇われ講師をやった。
私は、話を筋道立ててしゃべるのが苦手だし、持ち前の天然で、毎回あがってあせって、いろいろ間違えるし。
最初、声をかけてくださった方に、「教えるなんてとんでもない!無理です!」と断ったけど、どーしても、いや、無理です。そんなこと言わないで…みたいな話になり、結局、断るのがへたな弱点をつかれ、押し切られる形で講師をお引き受けした。
そして半年ほど、そこで講師をやらせてもらい、なんとか終了した時は、本当にホッとした。
 「無事に終わりました。ありがとうございました。」主催者の方にお礼を言うと、
 「こちらこそ。ご苦労さま。こういう講習会で、最後までひとりも脱落者がでなかったのは、みどり先生がよかったからですよ。」と言ってくださった。
 「うそつけ。授業料が安かったからじゃん。」と喉もとまで出かかったけど、それは黙って、にっこり笑って、講習会は終わった。
だけど、その後も、単発の講習会なんぞをいろいろやらせてもらう機会が増え、だんだん、「ケーキ教室、なんとかなるんじゃないかい?」と甘い考えを持つようになってきてしまったのだ。
だけど、いざ始めてみると、それはそれは本当にとんでもなく甘い考えだった。
自分がちゃんとわかってないと、ひとに教えることなんてこと、許されないのだ。

 「テレビに出て活躍しておられるような方は、華があるって言うか、やっぱりひとを惹きつけるプラスアルファーがあるのよね」
と、イルプルーの先輩で、某有名なケーキスクールでずっと講師を続けておられる方が、ため息混じりに、つくづくおっしゃっていたけど、本当にそういうものなんだろうな…
私なんて、どっちかって言うと華っちゅうより、肉まんの餡の方だしな。
先週も、自慢じゃないけど失敗した。
今までは、「先生の作ったのはダメだけど、みなさんのはうまくできましたね!」となんとかなってきてたけど…
先週のミスは、かなりへこんでしまった。しかもすごく初歩的なミス…
あわててみなさんにお詫びの連絡をして、作りなおしたケーキをお渡ししたけど、またきっと、同じようなことをやらかすはずだ。人間ヒマで考えだすと、どんどん暗い方に流れていってしまうことがある。
 
 「もうケーキ教室なんてできない…。やめたいよー」
休日で、のんびりくつろいでいるダンナに、ちょっと愚痴を言ってみる。
 「へ?やめるって、そんなことできるわけないだろ」
 「できるよ。私、ケーキ製造と販売一本でやっていくよ」
 「そんなにひとりで作れるわけないだろ?だいいち偉そうなこと、いろいろ言ってたじゃんかよ」 「……」
そうなのだ。今まで、取り返しがつかないくらい、いろいろと偉そうなことを言ってきてしまった。
うそとしがらみのないケーキ教室をやる、だの、生徒さんが1年間で一通りのことができるようにするだのなんだの、いろいろだ。 
 「フンだ!じゃ、もういいよ。あんたに相談したワタシがバカだったよ!」
 「また…そうやって、すぐ逆切れする!1回や2回失敗したからって、すぐ弱音吐くなよ。」
 「悪かったねーだ!どうせ私はお菓子界のチンピラですよーだ!」
 「…まったく。またわけのわかんないこと言って…」

ダンナが苦笑いして、私も自分の言ったことがあまりにもバカバカしくて、つい吹き出してしまう。
バカバカしい。まったくもってバカバカしい。あきれてダンナも自分の部屋に引っ込んでしまった。
ダンナにつっかかるケーキ界のチンピラ、みどは、ひとりぼっちになり、つっかかることすらもできなくなってしまい、脱力して、ドサッと床に寝転んだ。
そしたら壁に貼ってあるポアラーヌのポストカードが、目についた。
そのカードは友だちが去年クリスマスにくれたものだ…

 「みどさんのケーキ屋さんやお菓子教室に来るひとたちの心に残るものって、お菓子そのものより、きっとお菓子を作ってる、みどさんの姿勢っていうか、考え方とかなんじゃないかなぁ?あんまりうまく言えないけど…そういうもんだと思うよ」
 「そんな大それたこと!」
 「いや、みどさんが、そう思ってなきゃ、ダメなんだってば!」
 フランスでがんばってパティシエをやってる友だちが、フランス出発前に、そう私に言ってくれたのをふっと思い出した。
ケーキを始めてから何年かたった。
その間にいろんなことがあって、いろんな思いをして、いろんなひとに出会ってここまできた。うーん、なーんて素晴らしいんだろ…。「マイウエイ」でもイッパツ歌っちゃおうかな…
階段を降りてダンナの部屋に行く。
 「なんだよ」
ダンナはまたチンピラがやって来た…という顔でひとを見ている。
 「あのね。ケーキ教室ね。やっぱ、もう少し続けるよ。ここまでやってきてるもんだし。
なにごとも辛抱だしね。」
 
 「そうだよ。もう少し頑張りなさいよ。だいたいきみは根気がないんだよ。」
 「なにぃ!あんたにそっくりそのまま、その言葉お返しするよ!だいたいね、さっき、あんたが、ちょっと私の愚痴を聞いてくれてれば、ここまでの話になっちゃいないんだよ!」
 
 結局また、バカバカしい言い争いがえんえんと続いた。今日はつくづく、ヒマな休日だった。
10月17日    オーブンの行方
夕方、帰宅した私に、血相変えたダンナが、「ケイちゃんが電話してくれってよ!」と言った。
うーん、ついにきたか…ケイちゃんの電話は、絶対、オーブンのことだ。

ドキドキしながら、ケイちゃんに電話。
 「はい、××でございます」
 「あ、ケイちゃん?みどですけど」
 「あ、みどさん?…あ…ごめん、やっぱ、またあとで電話していい?」
うん、いいよ、と答えるまえに、ケイちゃんは電話をさっさと切ってしまっていた。

 「どうだった?」電話を切った途端、ダンナが結果を聞いてくる。
 「どうもこうも…今忙しいみたい。ケイちゃんあとで電話くれるらしいよ。」
ダンナは、へ?という顔をしていたが、私は黙ってキッチンに行って、とんかつを揚げはじめた。
 「お、これはつまり…オーブンにカツだね?」
 「わけわかんないし、くっだらない!」
 「いっカツされちゃったよ!へへへ…」
わざわざひとを追いかけてきてまで言うことじゃないよと、ちょっとぐったりしながら、私は無言でカツを揚げつづけた。
夕飯を済ませ、子供が寝る時間になっても、ケイちゃんからの電話はかかってこない。
思い切って、もう一度勤め先に電話をするが、誰も出てこない。
そして、彼女の携帯は話し中。
 「ギャー!ケイちゃん、どこいったんだよう!」
 だんだんパニックになってきて、何度も電話をかけまくった。

 そして、9時半…
 「グスン、ケイちゃんの意地悪…もう嫌いだ!」と、なにかがプチッと切れて、電話を放り出したとたん、電話が鳴った。
 「もしもし、もしもし!」刑事ドラマの刑事みたいに電話に飛びつく。
 「もー、ねえさん、いつまでかけてんのよ!」
 「へ?私、ずっとケイちゃんの携帯に…」
 「もう!こっちからかけるっていってんのに!」
ケイちゃんは怒っていた。無理もない。大事な用があって電話をかけてるのに、相手がずっと話し中だと、すごくイライラするもんだ。
 「ハハハ、ごめんね〜!ずっと、お互いに電話をかけてたってこと?」
 「知らないよ、もう!…例のオーブンね、いろいろあったのよ。そいでね…」
 「し、知ってる。新しいオーブン、工場に入らない大きさなんでしょ?」
 「ん?なんで、みどさんがそれを知ってるの?」
 「実はね、Kさんにそれを聞いたんだけど、とりあえず佐分利信になろうと思ってね…」
 「は?Kさんがなに言ったの?サブリってなに?なにになろうと思ったの?」
 「いや、もうその話はもういいの。で、オーブンどうなったの?」
もう、佐分利信もへったくれもない、緊張で心臓がバクバク言っている。
 「ちょっとみどさんには悪いんだけど…」
 キャー!やめて!許して!そんなこと言って、これ以上ワタシを苦しめないで!と小さな私の心は粉々に砕かれ、もう、いつ大泣きしてもおかしくない、かなり緊迫した状況だった。
 「19日には、あのオーブン、持ってけそうにないんだ。月末でいいかな?」
 「……じゃ、オーブン、私に譲ってくれるの?」
あまりに心の動揺が激しかったので、息切れして、すぐに言葉が出てこなかった。
 「え?もしもし?月末で大丈夫かな?もしもし?みどさん?」
 「は、はい!よろしくお願いします。ありがと、ありがと〜ケイちゃん!」
やっと、我にかえって返事をした。
 「了解!じゃ、また日にちが近くなったら連絡するね」
 「あ、ありがと。大変だったでしょ?ケイちゃんとこは新しいオーブンどうなったの?」
 「最初入れようと思ってたのは、入らなかったんだけど、T什器に調度いいのがあったから、そっちにしたんだー。みどさん、もしかして心配してた?」
 「うーん、Kさんに中途半端に聞いちゃったから、とりあえずケイちゃんからの連絡を待とうと思ったの…」
 「そっかー。もう、Kさんたら余計なことを…ごめんね。心配かけて。逆にそういうことが耳に入るとみどさん心配しちゃうと思って、黙ってたの。」

いいんだよ、いいんだよ。あんたはいい子だねぇ。
あんたを信じて、ここまできて、よかったよ。
ワタシはパァっと元気になって電話を切った。

あーよかった。日記を読んでくださっているみなさまにも、ずいぶんご心配おかけしちゃいましたが、お陰様でオーブン当初予定のものが、譲ってもらえることになりました。
みなさまには、メールや電話で、ずいぶん励ましていただき、ありがとうございました。 これから開業日記リアルタイム篇、いよいよ佳境にはいってくると思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
10月22日    イル・プルー・シュル・代官山
今日は、イル・プルーの教室に行った。

朝、友達としゃべっていたら、椎名先生が来て、
 「かとうさん…あなたのお店はどうなったの?」
と、心配そうな顔で、話しかけてきてくださった。
 「えっとですねー、それがのびてのびてのびまくって、11月終わりにオープンできれば いいほうかと思われます」
 「あ、そー。ま、イルプルも(代官山に移って新規)オープンの時、笑ったからね」
 「え、どうしてですか?」
 「12月20日にオープンしたから」
 「え?えー!12月20日ですか?」
 「そうなのよー。もう笑うしかないでしょう」
こんな短い会話だったけど、ちょっと気が楽になったかも。

弓田シェフはというと、なにかっていうと、
 「おい、どした?パティシエール!」と、私をからかってばっかりだ。
前々から、無謀だとか、いい度胸だとか、いろいろ言われてきたが、最近はそういう言葉がとっても身にしみる。
私はいい度胸なんかしてないよ、ただ無謀は無謀、大正解。
人生の中で一回ぐらいどんとやってみるのもいいじゃん、とは思ってたけど、あまりのことに呆然とすることも多々あって、一度呆然としながら、洗濯をしようとしていたら、どこで聞きつけたのか、ダンナのママがものすごい勢いでやってきて、
 「みどりさん、大丈夫?」と、すごく心配そうな顔で聞く。
 「ハ…ハイ?なんすか?」
 「ヤケになっちゃダメよ、こんなことで」
 「ヤケになる?え、(あ、店のこと言ってんのか)私がですか?」
 「そうよ、お店やるのやめるなんて言いださないでね」
 「誰がですか!私は絶対にやめないですよ!そんな縁起でもないこと…」
 「そう…よかった!えらい、えらいわ!私も応援するから、がんばって!」
ダンナのママはいたく満足げにうなずいて、さっさとどっかにいってしまった。

お金がちゃんとあって、自分にケーキの腕もきちんとあったら、ここまでいろいろなことは起こらないんだろうけど、お金なくて、ひとさまのおココロザシで、なんとかオープンにこぎつけようとしているんだから、いろいろあって当たり前。

泣きごとを言うのはまだ早い!これからだ、これから!
10月23日    カフェ・カフェ
今日は、ダンナの竹馬の友、新宿・ヤマモトコーヒーの山本くんが、コーヒーの相談に乗ってくれるというので、夜、ダンナとふたりで会いにいった。

山本くんのコーヒー屋さんは、コーヒーショップではなくて、東京でも老舗のコーヒー豆屋さんだ。
我が家のエスプレッソマシーンがぶっ壊れて、世界の朝を支配しているネスカフェに乗っ取られるまで、豆はいつもヤマモトコーヒーで買っていた。

山本くんは私が持参した店の図面と、スケッチを見て、
「へー、こんな感じになるのか、いいね!」とニコッと笑った。
本当にこのひとは、うちのとうちゃんと同じ年なのか???
同じ小学校に通っていたのか???そして今でも友達なのか???
と、いろいろ疑いたくなるくらい、さわやかさんなのだった。

さわやかな山本くんは、焼き鳥のぼんぼちを食べても、やっぱりさわやかにコーヒーのことについて、いろいろ教えてくれる。砂肝を食べても、そのさわやかさに変わりはなかった。
だけど私はエスプレッソマシーンがまだ我が家で活躍していた頃、コーヒー豆をヤマモトコーヒーに買いにいくときは、店内の様子をうかがって、山本くんがいないのを確認して、店にはいっていく怪しい客だった。
なぜかというと、実はとてもハズカシかったもんで。
いつも、どんよりしたひと、もしくは超濃い目のひとばかりが、周りでうろうろしているので、たまに山本くんのようなさわやかなひとが目の前に現れると、なにを話せばいいのかさっぱりわからないのだ。
まさか、『山本くんと同じ、山本さんという名前のひと(これもとうちゃんの友達)が、タランチュラを飼おうか、それとも彼女と一緒に暮らそうか、今マジで悩んでるみたいなんですけど、どう思いますか?』なんてこと、とても話題にできないだろうし…(当たり前か)
ずっと前に山本くんが私のことを、「ものすごくおとなしい」という評価だったそうだが、山本くんの前では…という但し書きをつけるとすれば、大正解。
 「ハァ…」もしくは「いえ…」ぐらいしか彼の前でしゃべった記憶がない。
今日もクラクラしながら、山本くんの
 「コーヒーは丁寧に心を込めていれれば、かならずおいしいコーヒーがいれられるはずだよ」という言葉にただうなずくばかり…(なにもの???)
こんなんで、コーヒーいれる講習をやってもらうとき、どーすればいいんだろ?

みなさんも、新宿・紀伊国屋書店の近くにいったら、一度、山本くんのお店をのぞいてみてくださいね。
いろいろ親切に相談にのってくださいます。そして、くれぐれも私の名前は伏せとくようにお願いします。だって恥ずかしいんだもん。キャー!!
10月23日    カフェ・カフェ
昨日、あきちゃんが突如、「明日どーする?」と言うので、びっくりして、
 「なんで?」と聞き返したら、あきちゃんがもっとびっくりした顔で、
 「明日、ねーさんのこと、手伝うって言ったじゃん!」と言われ、またまたびっくり!
 「手伝うって、私の何を手伝ってくださるの?」(←かなり自信がなくなってきている)
 「もしかして、忘れたんでしょ!明日、ねーさんとこ、リンゴジャム作るんでしょ!」
 「あ、そうそう。リンゴいっぱいあんの。で、ジャム作るの。でもあきちゃんは、なんで、そのこと知ってんのかな?もしかして、私があなたにお手伝いをお願いしたのかな?」
 あきちゃんのイライラは頂点に達し、
 「そういうこと!で、行っていいの?行けないの?どっちなの?」と私を袋小路に追いこんでいく。
 「もちろん、来て来て!頼みますね〜」と焦って答えた。

 どうやら、私はまた約束を忘れてしまったらしい。
 青森のリンゴ農家の方から、リンゴをいっぱい分けてもらった。
 かりんも山梨のれーこちゃんに送ってもらった。で、これも忘れてたんだけど、洋梨も注文していた。
 「あ、私、洋梨を注文してたみたい…」
 パソコンのメールチェックをしていて、そう言うと、ゴロゴロ寝転んでテレビを観ていたダンナが、
 「洋梨を注文した?で、いったい何キロくる?」と、ガバッと飛び起きた。
 「2キロ。」「洋梨2キロか…」
 ダンナはものすごくほっとした顔をしていた。何せ部屋の中はリンゴ園のように、合計15キロのリンゴちゃんの甘い薫りがしていて、「お花畑みたーい!」なのだ。
 初めてこのリンゴちゃんを部屋に運び入れて、箱を開けていたときのことは今でも忘れられない。
 がさごそダンボール箱を開けていると、ダンナがタイミングよく部屋に入ってきた。
 「見ーたーなー…」
 「なんだよ、これ?」
 「フッフッフ、教えてほしいかね?明智くん。これはね、リンゴちゃんだよ」
 「なんで、リンゴがこんなにあるのよ?」
 「それはね、試しに買おうと思って青森の農家に注文したらだね、5キロもおまけしてくれたのだよ、明智くん。そしておまけのおまけに明智くんのママが、私のために無農薬リンゴをたまたま買ってきてくれて、それもあるから、こんなんなってるんだよ」
 「……」ダンナはこの山のようなリンゴを目の前に、呆然としている。
 「ま、大丈夫、大丈夫。ちゃちゃっと加工しちまいますから。」
 「だって、柿もおととい高知からダンボール一杯送られてきてるだろ」
 「秋ねえー、柿にリンゴ!そうそう、明日ね、れーこちゃんが、カリンも送ってくれるってさ」
 ダンナはへなへなして、イスに座り込んだ。
 「大丈夫だよ、気の小さい男だねえ!うちの田舎なんて、冬場は文旦を枝から引きちぎって、みんなでボウリングのボールにしたり、サルみたいに柿の木に登って柿をもいで食べたり、もうそんなんばっかりだったよ。こんなん、どーってことないって」
 「どーすんだよ、こんなに」
 「だから、チャチャチャとだね…」
 「また、なんか壮大な計画とかしてないよね?」
 「うん。大丈夫よ。ちょっとだけ、試しにリンゴ買っただけだから」
はからずしもこうなってしまったわけだが、リンゴちゃんたちも生きているんだから、できるだけ早くなんとかせねば…

で、今日はあきちゃんとジャムを作った。
作っているとおもしろくなってきて、ふたりでどんどん作ってしまい、気がつくとえらい量のジャムが出来上がってしまった。
 「どうするの?こんなにジャム…」
 「あきちゃん持って帰るでしょう?」
 「こんなにいらないよ」「でも無添加無農薬よ」
 「じゃ、ねーさん紅茶グマで売れば?ほら、よく私が作りました…って作ったおじさんの写真がはってあるじゃん」
 「あれ、しいたけとかでしょ?」
 「でも、みど姉印の紅茶グマジャムってなかなかよくない?」
 「そーねー、考えとくよ」
リンゴからジュースをとって、キャラメルと合わせ、その中に細く切ったリンゴ(よく言えばジュリエンヌね)と、リンゴのピューレが入ったポンム・オ・キャラメル。
ジャムと言うには少し粘度が足りないような気がするけど、しっかり火をいれたキャラメルのおかげで、甘さが全然苦にならず、軽く火を通したリンゴの食感がなかなかのものだ。
 「手がかかったぶん、おいしさもひとしおだね〜」 
 「おいしいけど、ベビースターラーメンを思い出すよ…」
そんなことを言いつつ、ふたりで結構食べてしまった。ひとりでやってたら結構ブルーになりがちの作業だけど、今日は楽しかった。リンゴと部屋をフルーツで独占されたダンナへの責任も果たせたし。だけど、こんなにジャム…どうしよう〜
10月27日    合羽橋残酷物語
リンゴのジャムを山ほど作ってしまったので、保存ビンが必要になった。
どこで買うか…タウンページで調べて、ガラス食器の卸し屋さんに問い合わせをしたら、自称63歳の社長が出てきて、「あんたさんの名前は?」ときた。
 「は?(なんでジャムポットがあるかどうか聞きたいだけなのに、すぐさまオヤジに名前を言わにゃいけないの?)」
 「あんたさんが名前名のらなきゃ、オレもな〜んにも教えないよ!」
ハ〜…また、この手のオヤジに当たっちまった…はずれなのか当たりなのか、さっぱりわからんが、私はよくこんな感じの『語るひと』に当たってしまう。
そ して名前を名のってから、えんえん30分、いかにジャムの保存ビンに対してワタシがド素人か、63歳の社長は熱くしゃべり続け、「東京農大に入って、勉強 して、もう少しいろいろ調べてから、電話してきなさい。そしたら教えてやるから」とやっと無罪放免、電話を切らしてもらえた。

セチガライ世の中、ジャムのビンひとつ買うのも、ひと苦労。
しかたない、農大に入って勉強する時間もない。

合羽橋祭りも今月いっぱいだし、ちょっくら合羽橋にビンを買いに…と、決心して、ダンナと、今日は休日のあきちゃんと、三人で、土曜日の午後、合羽橋に向かった。
まず、一番大切なジャムビンを買いこんだ。
お店のひとが「持てないですよ、無理です、重いですよ」という言葉を振り切って、パパは荷物を持った。
 「パパ、大丈夫?」あきちゃんが心配して、そう聞く。
 「大丈夫だよ、だけど…もう、振りかえることはできない!」ダンナはカッコイイことをへっぴり腰で言いながら、ダンボールふた箱のジャムビンを持ち、運悪く合羽橋の端から端まで、歩くはめになった。
ジャムビンを車に積んでひと安心…と思いきや、彼の受難はまだまだこれからだったのである。

女たちは、黄色い歓声を上げて、次々と店を荒らしていく。
まだ、コイツらここにいるだろうな…と、車をちょっと見に行ったすきに、あきちゃんとワタシは、
 「パパがいないよ〜!どこ行ったんだろね?」と彼の行方を捜しもせず、さっさと別の店に行ってしまう始末。
 「そのうち会えるよね」「そそそ。もう、ジャムビンも車に積んだしね」
 「ぬしも悪よのう、越後屋」と、買い物に目がくらんだわれわれは、ドクターグッズ、新井商店、お菓子の森,、と、どんどん進んでいく。
 「おい、ふたりとも、どこにいるんだよ〜」情けない声がピッチにはいってきた。
 「どこって、あきちゃん、ここどこ?」「馬嶋屋だよ」
 「だって。パパ早く来てよ〜ワタシら、今、困ってるのよ〜」
ちょっとぐったりして到着したダンナがそこで見たものは…
 「いったい、なにを買ったんだよ?」
 「なにって…いろいろ」ものすごい量の買い物袋をぶらさげて、ニコニコしている女ふたりほど、コワイものはないかも。
ダンナは無言でふたりの持っている荷物を受け取り、背を向けた。
 「パパ、どうするの?」
あきちゃんがそんなダンナの背中に向かって叫んだ。
 「車に…置いてくる!」
 「キャー!パパ、ステキ〜!」
 「いやぁー、なんていいひとなんだろ、パパって…ねーさん、本当にいいひとと結婚したね〜」
このあとも懲りないワタシたちは合羽橋を暴走し続け、ダンナはもうあとをついていくのもやめて、車の前で貧乏揺すりをしながらジュースを2本も飲んで、私たちが戻ってくるのをひたすら待ち続けた。
 「いやぁ〜、お待たせしちゃったねぇ!ところでパパ、まだ浅草橋のシモジマってやってる?」
ダンナはガクッとして、車の運転席で肩を震わせていた。
 「あ、ウソウソ、もういいですって。ゴメンねパパ…また今度でいいよ…」
さすがに私たちもダンナが気の毒になり、合羽橋を後にした。
 「楽しかったね〜!ムーランでしょ、ケーキスタンド、5キロ計りにマンケ型、ボーメ計…いろいろいいものも買えたし〜!今度はもっとゆっくり来れるように午前中から行こうよ!」
女ふたりの提案に彼は無言だった。
運転中ひとことだけ絞り出すような声で、
 「白ワインを一本、買って帰りたい…」と言った。

パパ、ごくろうさんでした。渋滞に巻き込まれ、やっとの思いであきちゃんを送って、帰ってきて飲んだ白ワインはおいしかったのでしょうか?
10月29日    ギャオー、ついに来た!
来た来た来た来た!なにがって、あれよあれ!

実は、だいぶ前、ケイちゃんに、今日、大久保に持ってくから、ちゃんと届け先をメールしとけと、あんだけ言われていたのに、すっかり忘れていた私。
そうなのよ、メールって、誰かがメールくれるでしょ、そしたら速攻で返事を書かないと、なんとなく自分はもう相手の方にレスを書いたような気がして、送ったつもりで送ってないことが結構あるのよねー。
ケイちゃんのほかにも、あれ、レス待ちなのに、みど姉からまだレスきてないって方がいたら、すんません。私はそんなやつです。
朝、9時ごろ家に帰ったら「ケイです!大至急、店に電話して!」と留守電がはいっていて、あ、やば〜い…と思い出した私。
 「ごめーん、今日だったよね」
 「そうよ、早く住所をファックスして!」
 「へ、へい、わかりました」

そうして、あわてて住所と地図をファックスで送り、また、しばし趣味のジャム作りにいそしむ私。(ちなみに今日は超手強いカリンと格闘。)
 午後になって、焼き菓子を作り、頼まれものの宅急便をふたつ出し、そうこうしているうちに、夕方になった。
 「ねねね、まだ届かないの?」ダンナが仕事終わって帰ってきた。
 「まだっすね〜渋滞に巻き込まれているかもよ…」
そして、夕食後、やっと電話がかかってきた。
 「今、小滝橋通りから大久保通りにはいったところです!」
 「了解しました。ワタクシどもも、すぐに現場に向かいます」
速攻返事をして、外に出た。もう真っ暗で、風が結構冷たかった。
紅茶グマができるはずのマンション前まで、私とダンナは黙ったまま、早足で歩いていった。
大家さんに連絡すると、大家さんもすぐにマンションに来てくれた。
ワタシたちはまさに首を長くして、大久保通りから左折してくる車、一台一台をのぞきこむようにしてチェックした。
 「あれじゃないの?」
ダンナの言葉に私と大家さんは、一瞬びくっとして動きが止まった。
 「違うよ、あれじゃないよ」
 「いや、たぶんそうだって!」
私たちの後ろから、大家さんが口を開いた。
 「あれが…そうなのかしら…だけどあれ、もしかしてクレーン車じゃないの?」

あんなでかい?…クレーン?まさか…?と疑問符だらけの私の前に、2トントラックが静かに止まった。
 「どうも〜お待たせしました!××です!えっとー、どちらまで運べばいいですかね?」
 「あ、はい、この奥です…」
 「じゃ、さっそく降ろしますんで…」おじさんはテキパキと応対して、トラックに戻っていった。 
 「みどりさん、みどりさん、どんな大きさなの?大丈夫かしら?ちゃんとここのドア通れるかしら?」
大家さんが、ウィンウィンうなり始めたクレーンを見上げて、不安そうにそうささやく。
 「大丈夫です!実際はそんな大きくないので…
クレーンに吊り上げられ、ゆっくりゆっくり、四角いシルエットがライトに照らされて夜空に浮かび上がった。
 「あ、ホントだ!やぁだ、車が大きいからどんな大きさかと思っちゃったわ!」
大家さんと私は声を上げて笑った。

もう、みなさんおわかりですよね。ケイちゃんところから運ばれてきたものは、例のすったもんだオーブンです。
オーブンを中に運び込んで、トラックのおじさんたちは、帰っていった。
 「意外と小さいね」
 「そりゃそうだよ、紅茶グマは小さい店だもん。」
私は、そうっとオーブンの取っ手を握って、静かに中を開けた。
 「アンタは今日からうちの子になるんだよ」
 「ね、デジカメもってきたからさ、記念に一枚撮ろうよ」
 「オーブン写しても、あんまりフォトジェニックじゃないよ」
 「じゃさ、横でトラック野郎みたいなカッコすればいいじゃん」
 「なんだよそれー、いやだよー」
と言いつつ、結局、私はタフガイポーズで記念写真を撮ってしまった。
しかも、それを大家さんに目撃されるというビッグなオマケつきで。

みなさま、ご心配おかけしましたが、ちゃんと手元に届きました!
これで、これからいろんなものを焼いていきますので、よろしくお願いしま〜す
10月31日    やっとた!
やっとやっと、長い長い見積り期間が終わり、来週の月曜から工事が始まることになった。

なんでこんなにかかったのか?と言えば、いろいろな事情(…って、原因は決定的な資金不足ってだけなんだけど)から、
 「え、床材、これじゃ高い?じゃあ、もうちょっと材質を落として、別なもんを探してみましょうね。じゃ、2〜3日後にサンプル取り寄せて、今度、都合つくのは来週の…」ってな感じで、どんどん遅くなっていったのでした。ゴーン!
着工日が無事決まって、感想をと言いますと、「キャーうれしい!」と言うより、ガチガチに寒い夜に、やっと家にたどりつき、ぽかぽか湯船につかって、「ふぅ〜!」ってなった感じかな。
しかし、そんな私のほんわか気分は、ダンナのひとことによって、一瞬にしてブルーになってしまった。

不幸の使者ダンナは、カレンダーを見ながら、
 「11月5日から工事が始まって、だいたい3週間で…って、建設会社のおじさんは言ってたけど、たぶん1ヶ月ぐらいかかるんじゃないの…」と、かなりペシミスチックな意見をおっしゃる。
イル・プルーが12月20日にリニューアルオープンしたって聞いて笑っちゃったけど、私も、もしかしたら…とかなり不吉な予感。
 「イル・プルーの味やスタイルじゃなくて、そんなとこを真似してどうするんだよ…」と、ダンナとワハハと大声で笑ったものの、カレンダーをまた見て、しばらくひとりでブツブツ…。
 「なんか、心配はえんえんと続くよね」
 「もう、いいよ。取り合えずこれで一応のめどはたつんだし。昼飯食べに行こう」
景気づけにふたりで、よく行く焼肉屋さんに行った。私はいつもそこで石焼ビビンバをひたすら食べるのだ。
でも行ったら、その焼肉屋さんはいつもなら超混みなのに、今日は誰もお客さんがいなかった。
 「こんなにおいしいのにね!」そう言いつつ、ダンナはカルビセットを嬉々として炭焼きの網にのっけている。

開店する店が、焼肉屋だったら、やっぱ今は開店は見合わせるんだろうな…などと不謹慎なことを考えつつ、石焼ビビンバを食べた。
このお店の痛手はいかばかりか。でもいつものように、おばさんは梨を2切れ、「食べてねー!」とサービスしてくれた。
がんばれ、焼肉屋。みんながランチに来なくても、きっと勇敢なうちのダンナはカルビを嬉々として網にのっけて食べるよ。
私も元気をださなくっちゃ。
11月オープンを間近に控え、一気に忙しさは加速していきました。
オーブン、エアコン、店舗の設計、いろいろなことを決めて、
紅茶グマオープンは、まさに目の前でした。

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