| ouvrons une pâtisserie! |
紅茶グマ開業日記
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2001年7月 |
| 7月2日、9日 大いなる誤算 |
まず、イル・プルー研修は、私のどんぶり勘定的綿密な計画によれば、6月6日〜12日のフランス旅行のあと、時差ぼけを克
服するためにも、とっとと開始すべし、であった。しかし、そう計画通りに行かないのが世の常で、私はものすごくひどいウイルス性の風邪を引いてしまい、
ぶっ倒れてしまったのある。 (フランス食いだおれの旅に、無理やり行ったりするから、罰が当たったと言うウワサもあったが、そんなこと言ったって…ねぇ。)
なんとか研修予定の3日前に熱はさがったものの、イル・プルーに電話すると、私と工場との連絡をしてくださっている事務局のYさんが、 「無理しないでください。きつい仕事ですから、万全の体調でのぞんでください。」と言ってくださる。 「まぁ!そんなに私の身体のことを心配してくれるなんて、なんて優しいの!」と心の中で思いながら、 「でも、もう熱さがったので、大丈夫です。予定通り、お願いします。」と言うと、 「いえいえ、無理なさらないでください!」とYさんは真面目な声で強くそう言われた。 うーん、やっぱり、生徒に無理させないよう、気をつかってくれてるのかな…ちょっと拍子抜けしつつ電話を切り、そんなことを考えていた私は、はっきり言って甘かった。
一週間後、体調を万全に整えた私のまえに待っていたものは、Yさんの驚くべき、この言葉だったのだ。 「かとうさん、朝7時に来られますか?」 「ハ?夕方の4時ですか?」 「…いえ、違います。あ・さ・の・7時です。」 エーーッ!!朝の7時???そりゃ、あんた、私が毎朝起きる時間だよ、と思いつつ、 「わ、わかりました。7時にうかがいます。」と言うと、 「ところで、かとうさん、コックコートお持ちですか?」 「ハ?コックコートですか?私が着るんですか?」 「…もちろんです。かとうさんの着るコックコートです。」
がーん!どうしよう!なんか私の思っている、理想の研修像と、イル・プルーで待っている現実の研修像は、どうも違う…と理想と現実の違いに初めて気づく愚かな私だった。 ちょこっと朝9時ごろ工場に行って、ちょこちょこと兄さんたちが働いてる姿を見学、夕方4時ごろ、「それでは、お疲れさまでしたー。今日はいいもん見せてもらいましたー。」と、とっとこ帰る…ぐらいに考えていたのだ。
だけど、イルプルーはマジで私を「いっちょ揉んでやる!」とばかりに、指の関節をポキポキ鳴らして、待っているのか…。気の小さい私はまたまた大パニック!
イル・プルーの工場でアルバイト中のウメちゃんに、慌てて電話をしてみる。 「ウメちゃん!大変だ!助けてー!」 状況を説明すると、ウメちゃんは、クスクス笑いながら、 「大丈夫。みどさん、若いお兄ちゃんがいっぱいいるよ〜」などと、まったく頼りにならない。 「若い兄ちゃんなんて、そんなの、どうでもいいんだよ。私が知りたいのは、研修って、なにやるの?」 「さあ…そりゃ、当然、研修って言うんだから、いろいろじゃない?」 そのいろいろが知りたいのに〜!ウメちゃんったらー、と泣きながら電話を切り、引き続き泣きながらコックコートを引っ張り出してきた。 「うひょ〜カッコイイ!朝いちばん早いのはかとうのみどちゃん!」 ばかばかしい家族のヤジに耐えながら、コックコートを試着してみて、重大なことに気づいてしまった! 「私、コック帽、持ってない!」 |
| 7月12日〜19日 ついにイル・プルー修業 |
朝5時起きで用意をして、6時過ぎに自宅を出た。朝の7時から、いよいよイル・プルー研修開始だ。
すぐに緊張する私は、触ったら感電しそうなくらいビリビリしながら、イル・プルーのお店のドアを開けた。 「おはようございます!」 もうこうなったら、道場破りの「たのも〜!!」と叫んでいるのと、なんら変わりはない。 若いお兄さんたちが、不思議そうに私を見ている。 「ワタクシ、今日から研修させていただく、かとうと申します。よろしくお願いします!」 「あ…こちらこそ、よろしくお願いします……。あのー、でも、ぼくたち、かとうさんのこと、柳シェフになにも聞いていないんですけど。」 「へっ?」 その時私が置かれていた状況はと言うと、目は泳ぎ、緊張は沸点をとうに超えていた。 私の、腰でもぬかしそうな、かなりのうろたえぶりに、お兄さんのひとりが、 「ま、取り合えず、着替えてきてください。柳シェフはもうちょっとしたら、こっちに来ると思いますから。」と助け舟を出してくれた。 コック帽の持ち合わせがない私は、コックコートに三角巾、給食のおばさんスタイルという、パティシエとはかけ離れた、なんとも言えない格好で、おずおずと研修に入った。 最初、取り合えずやらせてもらった仕事は、計量とサクランボの漬けこみ。
今、考えれば、普通の仕事だが、あの時は、「今、私はイル・プルーの店頭に出すお菓子の計量をしているんだぁー!」と、かなり猛烈に感動していた。 この感動って、はじめて修学旅行で東京に出てきた時、バスの中から「わー渋谷だぁー!わーNHKだぁー!」と大騒ぎして、揚句の果ては、そこらへんを走っている犬にまで「きゃー東京のイヌだぁー!」と、なんでもかんでも熱い視線を送っていたのに似ている…。 そんなことはどうでもいいが、とにかくこの猛烈な感動は、粉ふるい、サブレクッキーのカット、焼き型のブーレ(バターを型にぬること)、ファリネ(粉を型にはたくこと)、と延々と続くように思われた。
し かし、柳シェフが工場に見えられて、やっとご挨拶をし、続いてイル・プルーのケーキ教室のスタッフ、弓田先生と、次々と挨拶の嵐のあと、だんだんテンション
が落ちていき、ついにお昼、パティシエのお兄さんたちと一緒に賄いを食べた後、作業台に突っ伏して10分ほど爆睡してしまった。 考えてみたら朝5時起きの上、前日は緊張でほとんど寝ていなかったんだから仕方がない。 そして、午後、いつ終わるとも知れぬ長い長い作業が再開された。
「柳シェフはどこに行かれたんですか?」 「今、向こうでパートを仕込んでるよ。」 ふたりのお兄さんの会話に、 「えっ!そんなことまでなさるんですか?」と、驚いて、すぐ自分の勘違いに気がついた。 「なんですか?かとうさん。」お兄さんが不思議そうに聞いたけど、あわてて、 「いいえー、なんでもないです!」とごまかす。 私はパートを仕込むというのを、パート(生地)を仕込むというのではなく、パートのおばさんかなんかを厳しく教育している柳シェフの姿を想像して、 「もしかして、私も…」と、びっくりしたのだ。 普段からぼけてはいるが、この時は疲労が極限に達していたせいでのバカバカしい勘違いである。 夕方、焼物セクションで、洗い物をしているときだった。 「おーい、もう、そこらへんでやめとけ。おめぇ、死にそうな顔してるぞ!」 聞きなれた懐かしい会津弁にハッとなって、振り返ると、弓田先生が私の後ろに立って、心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。 「え、大丈夫ですよ。平気です。」と言ったものの、実はその午後、自分がなにをやっていたのか、全然覚えてない。 UFOで連れ去られた地球人よろしく、さっぱり記憶がないのだ。 そんなこんなで私は朝から晩まで、イルプルーの試練を受け続けた。 友達にこの話をすると、「ウソ〜、すごいじゃん!あたしもやりたい!」とかなんとか言う。だけど実際に切羽詰まらないと、そうそう、できるもんじゃないと思う。 研修だからと、いろいろなことをやらせていただいたけど、リーフパイは端が膨らまずぺちゃんこ、ムースはライムのムースにパッションフルーツを誤って投入、クロワッサン用のアーモンドクリームに普通のアーモンドクリームを塗り付け…と、失敗は数限りない。 少量で仕込むのとはわけが違うのだ。30リッターの巨大ミキサーに、粉をダンダーンとぶちこんで、大量のバター、砂糖を入れて、一気に仕込む。 「この大量の材料を、もし私がミスってパァにしたら…」想像しただけでも、申し訳なさ過ぎて、ぞっとする。 もちろんそんなことにならないように、お兄さんが私の後ろで、きらきらと目を光らせて監視してくれてはいるが…その視線も、ものすごいプレッシャーだ。
焼き菓子、生菓子、ひとくちで言うけれど、たくさんのひとの手を介して、お菓子は少しづつ出来上がっていく。
イル・プルーのすごいところは、レシピをほぼ公開している点だ。弓田先生、柳シェフ、ムッシュ・ドゥニ…オリジナルが誰の作品であるかは、とても大事にしているけれど、作り方は内緒ではない。 そして、発表したレシピは、お店でもその通りに作っている。材料も我々が買いたいと思えば、同じ物を手に取ることができる。素材、製品の商品管理も徹底している。まさに一部のスキもないのだ。今回の研修で、イルプルーの懐の深さをしっかりと見せてもらった。
ずっとこの調子でイル・プルー武者修業は終了した。正直言って終わった時は、ただただ、ホッとした。 最後のクッキーの袋詰めを終えて、コックコートを脱ぎ、兄さんたちにさよならを言ったとき、 「かとうさん、ごくろうさまでした。すごく助かりました!ありがとう!また、いつでも遊びに来て下さい!」と言ってもらって、ちょっと涙が出そうになって、慌てた。 だけど、もう遊びにっていうか、お店のぞくのはいいけど、研修はもういいや…と心のなかで、強くそう思った。
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はじめてのイルプルー研修をさせていただいたのがこの月でした。 まさにプロの洗礼を受けるというのはこのこと! 壮絶な往復ビンタをくらわされたような衝撃でございました。
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