ouvrons une pâtisserie!
紅茶グマ開業日記
2001年5月
5月初頭    ホームページ誕生秘話                                
ホームページを開設することが決まったため、ゴールデンウイーク中、うちのパパは、なにかにとりつかれたようだった。

そして、そんなパパが決めた「ホームページ開設計画」での役割分担は、以下のようになった。
私、店を開業する過程を克明につづった日記担当。
よこちゃん、ロゴとレイアウト担当。
そしてパパは、全体のプロデュースと、ヨーロッパを巡った際の食べ物に関するエッセー。
しかし、そんな燃える男の一番の障害となったのは、他の誰でもない、意外にも私とよこちゃんだった。
私たちふたりは、いろいろプランを練って、ぽよよんと想像するのは大得意なのだが、それを実行に移すとなると、また違ってくるものだ。
パパが企画した第1回、ホームページ企画会議は、よこちゃんが突如、だるだる星人になって没。
 「そんなことでゴールデンウィーク明けにホームページ開設できないぞ!」
 と檄を飛ばすパパを横目で見ながら、
 「まぁ、よこちゃんも1日ぐっすり寝れば、元気になるって。」と、のんきな私。
第2回目は、私がイルプルーの授業のあと、ぱぁっと、みんなで飲みに行ってしまい、よこちゃんも、引き続き、だるだる化が激しく、また没。
 「どうすんだよ!おまえら、やる気あんのか?!」と怒るパパに、
 「だけどさ、なんでヒロキさんあんなに熱くなってるの?」
 「そうだよね、別にどうしてもゴールデンウイーク明けに開設しなくてもいいのにね。」
 などと、罰当たりな我々は電話で、そんなことを話し合ったりしていた。
 「第一、きみは、開業過程をちゃんと書いてあるの?」
 パパのするどい追求は続く。
 「うん、もっちろん書いてるよ。何日に何があったか。」
 ただし、手帳に、ちょこちょこっとだけど…と言うと、また、ちゃんと書いてないと、あの男に突っ込まれそうだったので、とりあえず、お茶を濁して、よこちゃんに再度電話。
 「ねー、よこちゃん、パパがわしらのことかなり怒ってるよ。あんた、そろそろあきらめてこっち出てきてよ。」
 「えー、うーん。けどなぁ…」
 「そう言わずに、私、あんたにクスクス作ってあげるからさ。」
 「えっ!クスクス?」
よこちゃんは食べ物にかなり弱い。とどめに、
 「それにさ、あの調子じゃ、あの男、よこちゃんが来てくれるまで、毎日、あんたを電話とファックス攻めにするよ。」
 「え、マジ?…」

そして、往生際の悪いよこちゃんはだるだる星人をなんとか振り払って、クスクスと、燃える男のために、我が家にやって来た。
その夜は、珍しく酒も飲まないで、クスクスを食べた後、3人でホームページの骨組を考えた。私のたっての希望で、ホームページのタイトルは「タブリエ」に決定。紅茶グマという名前に対して、まだ抵抗が拭い去れない状態だったからだ。
そのタブリエのロゴをコンピューター上に取り込む作業を、夜遅くまでよこちゃんとパパで格闘してくれた。
私はと言うと…よこちゃんが作業途中でふっと横を向いたら、机に突っ伏して、爆睡していたらしい。

 「ねーさん…」
 「ハッ、ごめん、私寝てた?」
 「あのねぇ…」

ふたりの冷たい視線を浴びつつ、慌てて起きあがる私。
自分でも情けないが、パソコン音痴の私は、この場合まったくの役立たず…で終わるはずだった。
だが終電を理由に、また、だるだるの星に、よこちゃんが帰ってしまったため、その他のすべてのレイアウトをやるはめになったのは、
「わし…センスが悪いから…」と急に弱気になった、自分で洋服一枚買えないセンスの持ち主、パパと、いくらなんでもそんな男にすべてを託すことも出来なくなり、仕方なく一緒にちんぷんかんぷんの画面を凝視するはめになった私。

そして、どうにかこうにか、ホームページ「タブリエ」は、思いつきからわずか10日間あまりで、開設にこぎつけることができた。
すんばらしい。パパ、だるだるよこちゃん、恩に着るよ。
5月6日    難問1個クリア!
店を開こうと思ってから、数々の問題が湧き上がってきているが、そのなかでも大きな問題のひとつに、オーブンの問題があった。
お菓子フリークが家庭で使うオーブンを選ぶのだって、みんなかなり迷うと思う。それが、マガリナリニモお菓子を作ることを生業としようとしているわけだから、いろいろ考える。

私の場合、問題はふたつのオーブンの間で、揺れに揺れた。
まず、ひとつめは、開業日記3月分に登場する、お店を閉めて、私に安く器材を譲ってくださると言ってくださった、
お菓子屋さんのオーブン。これは、8取り天板が上下段、合計4枚入る電気式のオーブン。大きさは、奥行き150cm高さ180cmとかなり大きい。
そしてこのオーブンは、20年近く使用したもので、オーナーのNさんは、
 「もしあなたがこのオーブンを使ってくれるなら、このオーブンはプレゼントさせてもらうわ。」と、優しく微笑んでくれた。
そして、もうひとつのオーブンは、これも4月の日記に登場する、お菓子屋さんで広報の仕事をしているケイちゃんのところで使っている、
ガスオーブン。こちらは6取り天板が、3枚はいる、業務用としてはややコンパクトなタイプの、コンベクションオーブンだ。
このオーブンは私がケイちゃんのお店で、ケーキ教室を少しの間やっていたせいもあり、使い勝手も多少わかっているし、なにより大きさとしては申し分ないのが魅力だ。
ただし、このオーブンは、ケイちゃんのケーキ屋が来年の4月に移転するまで、使用予定。
 「来年の4月以降なら、ぜひみどさんに使ってもらいたいわ。」とケイちゃんは言う。
 「だけど、店は11月オープン予定だからな〜。半年間オーブンどうしよ?」
 「そうねえ、オーブン家庭用2台ぐらいで、とりあえず始めてみるっていうのは、どう?」
 「チマチマ〜っと?」
 「できなくはないよ。たぶん…」
たしかにそういうお店もなくはないけど…なんとなくそれは気が進まない。思い切って新品のオーブンを購入するか…
そういう選択肢もあるよな〜…

オーブン問題は、開業決定以来ずっと、迷い続けている問題だった。ただ私の場合、ガーっとがんばることはあまりしないようにしているせいで、そのままずっと放置して、ここまで来た感があった。
いつも崖っぷち人生、あせってもどうにもならない。だいたいのことは、なんとか転がっていく。

そして、このオーブン問題も、ケイちゃんのところに、イベント用の生クリームを分けてもらいに行ったその日、突然なるようになってしまった。
パパが車で待っているからと、ケイちゃんの、ケーキ食べてけば、という誘惑を断り、
 「じゃ、生クリーム、工房から男の子に持ってきてもらうから、その間コーヒー飲んでて。」
というお言葉に甘えて、コーヒーを一杯ご馳走になり、カウンターでしばしふたりで談笑…のつもりが、
 「みどさん、もしさ、うちのあのオーブン買ってくれるんだったら、いくらぐらいで、買ってくれるつもりなの?」
 というケイちゃんの言葉で、いきなり重要会談になってしまった。
 「そうだなー、あれって、いくらでケイちゃんとこ買ったの?」
 「○◇万。」
 「じゃ、私☆◇万で買う。」
私はモノを買う時、たとえフリマでも、値切ったりするのが苦手だ。気に入っても納得いかない値段だと、縁がなかったと思ってあきらめるか、別のものを探す。値切るのを楽しめる友達が結構いて、みんなすごく商談がうまいので、彼女たちのことを本当に心底尊敬している。
だからこういう時も、言い値が、自分の現在の適正価格なのだ。
ケイちゃんもその点はよく知っているはずで、ちょっと言いにくそうに、話しはこう続いた。
 「ウーン…実はね、みどさんが欲しい時期に、今のオーブンをみどさんに売って、うちで新しいオーブンを買ったとしたら、工事を2回、やんなくちゃいけなくなるのよ。」
 「2回?」
 「そう、新しいオーブンを今の工房にまず入れるでしょ。それから4月の移転のときに、もう1回取り外して、新しい工房に入れなくちゃなんない。」
 「つまり、工事費が倍かかるってことね。」
 「そうなのよ…」
突然、私はにんまりして、飲みかけのコーヒーを一気飲みした。
 「ケイちゃん、わかった。じゃ、さっき私が提示した値段に工事費2回分の金額プラスする。それでオーブン、11月に譲ってくんない?」
 ケイちゃんは、困ったときに浮かべる、彼女独特のやさしい微笑を浮かべて、私の顔を見ながら、しばし沈黙…。
 もしここでケイちゃんが、この私の提案を断れば、私は新しいオーブン購入の道か、もしくは、近所のケーキ屋Nさんのドデカオーブン設置するか、どっちか の検討に入らざるおえなくなり、ケイちゃんのオーブンは必然的に4月移転の際、どこかの業者に買い叩かれてしまう。愛着もあり、まだそれほど使っていない オーブンなのに、ケイちゃんのところにはたいした金額は残らないだろう。
そしてなにより、この話には、やっぱりケイちゃんの天性の面倒見の良さがあった。
ケイちゃんは大きな目で私をまじまじと見ながら、こう言ってくれた!
 「わかった、じゃ、近々、上司と相談してみるわ。」
たぶんケイちゃんがいいと言ったら誰だって、いいって言う!
あーよかった!私は1リットルの生クリーム12本を抱えて、オンボロ車でイライラしながら待っているパパのもとに、意気揚揚と大股で歩いていった。
5月23日    イル・プルー研修への険しい道
開店話が出て以来、弓田シェフは、「ちょっと、工場の方で研修してみるといいよ。」
と、私の顔を見るたび、にこやかにすすめてくださったが、「ちょっと」って、どのくらいの期間なのかな…とぼんやり考えて、しかも、いつ研修させてもらえばいいのか…そして、どんなことをさせてもらうのか…考えれば考えるほど、謎だらけだった。

計画では、フランス旅行から戻ってきたら、ケーキ熱さめやらぬ状態で、イルプルーの工場で研修させてもらい、それから、開店に向けて準備を一気にまとめる…つもりだった。
そこで、まず、椎名先生に、
 「あのー、そろそろ工場の方で、研修をさせていただきたいのですが…」
と相談を持ちかける。
 「いいわよ。じゃ、私から話しておくから、柳シェフに直接電話して頼みなさい。」
 「ええ〜!直接、たのむんすかぁ〜?まったく面識もないのに?」
 「大丈夫よ、ちゃんと言っといてあげるから。」
そう言い残して、椎名先生は、取りつく島もなく、さっさとどこかに消えてしまった。
がーん!柳シェフに、自分で言えって、あんた、そんなごむたいな。そんくらいのこと言えないようじゃ、イルプルーで研修なんて、させてもらえないってこと?そう言えば、弓田シェフ、工場で職人さん募集するとき、よく言ってるもんなぁ…
 「死して屍、拾うもの無し」って。
5月30日    すったもんだ問題
どうしよう…だいたいにおいて、壮大な計画というものは、足元からガラガラと音をたてて、くずれていってしまうものである。

 「あ〜!シェフに電話すんのイヤだよー!」ジタバタする私を見て、パパが聞く。
 「シェフって、弓田センセに電話するの?」
 「弓田先生なら別に、こんなに身悶えしてないわい!シェフはシェフでも、柳シェフだよ。」

そう、イルプルーの教室で、我々生徒たちにシェフと呼ばれているのは、弓田亨先生のことだが、今、工場でシェフと言ったら、何を隠そう、柳シェフなのだ。(別に隠してないか。)
イルプルーの弓田先生が頭脳とすれば、柳シェフはその頭脳が考え出した数々のケーキを、見事に形にすることができるゴールド・フィンガー、ミラクルマジックハンドを持つ方なのだ。
1週間、そのマジック・ハンドに電話するかしないか、モジモジ考えた末、もう一度椎名先生に、工場研修の話をもちかけてみようと決心する。

おりしもその日は、フランスのチョコレート会社、ペック社の社長さんの講演会の日だった。講演が終わり、イルプルーで取り扱っている製菓材料も山と積まれる中、向こうの方で、椎名先生はイルプルーの大御所のみなさまと、談笑なさっておられる。
 「あぁら、かとうさん!」
鈴のような声に振り向くと、横浜で、お教室とサロン・ド・テをやっておられるマダムが、にこやかに私のうしろに立っておられた。
 「キャー!ごぶさたしていますー!」
 (そうだ、えへへ、いざとなったら、このマダムに口添えしてもらおう!)
 普段はかなりとろいが、なにせ切羽詰まっているもんだから、時代劇の悪徳商人のように、不自然なもみ手をしながら、するするっとそのマダムに近寄って行った。

 「かとうさん、お元気?その後、お変わりない?」
 「は、おかげさまで!でも…実は…」
 私はマダムに、研修について、工場の直接責任者、柳シェフに直接お願いするのをためらっていることを告げた。そして、そのあとのマダムの言葉は、かなり衝撃的で、まったく私の予想を超えたものだった。
 「そうなの…。がんばっておられるのねぇ…じゃ、今、直接お話しなさったら?柳シェフ、すぐ、あなたのうしろにおられるわよ。」
ガーン!マダムの綺麗な声が、頭の中で反響しながら、何度も聞こえた。
 「うしろにおられるわよ…おられるわよ…」
 恐る恐る振り返ると、確かに、純白のコックコートに身を包んだ柳シェフが背後に…!
 「キャー!どうしよう!」

あとで考えると、とてもバカバカしいのだが、その時は大パニックだった!飲む気もないのにすすめられて、ついもらってしまった、フランボワーズのブランデーを、思わず水のようにガブっと飲み干してしまった。
そこへ、天の助け、椎名先生が通りすぎようとしていたので、
 「せ、せんせい…」と、まるで溺れかけているように、必死で、その腕にすがりついた。
 「あら、加藤さん、どしたの?」
 「け、研修のこと…柳シェフに…」息も絶え絶えとは、まさにこのことだ。
 「あ、ごめん。言うの忘れてた!」
 「えっ!あ、いいんです、いいんです。そんなこと、どーでもいいんだけど、だったら、今、シェフに紹介してください!」
心底電話したくなくて、1週間、悶々とした日々を過ごした私は、フランボワーズのブランデーのにおいをぷんぷんさせながら、椎名先生の腕をガッシとつかみ、一気にそう言った。
椎名先生は、『ちゃんと柳シェフに言っとく』と言って、言うの忘れたせいか、にっこりして、そのまま、私を柳シェフのところに連れていってくださった。

 「柳さん。この子ね、無謀にも本科を一年卒業しただけで、今度、お店やるって言ってんの。なので、そちらで少し研修させてもらっていいかしら?」
それを聞いて柳シェフは、快く私の研修を許可してくださった。
 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
フランボワーズのブランデーと緊張のせいで、茹でダコのように真っ赤になりつつ、私は頭をさげた。

あー、よかった。もしかして、この真っ赤な顔で、柳シェフには、かなり怪しまれたかもしれないけど、とりあえず、研修できることになった。
とりあえず第一の難関はクリアー。
最初に立ち上げたホームページのサイト名は『タブリエ』でした。
この『タブリエ』で知り合ったみなさんとは、今でもとても仲良くさせていただいてます。
みなさん、これからもよろしくお願いいたします!

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