| ouvrons une pâtisserie! |
紅茶グマ開業日記
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2001年4月 |
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| 4月7日 今、知らせられる衝撃の事実 |
夜、未来の大家さん、Kさん宅に、頼まれたお菓子を届けるため、訪問した。 玄関にKさんと彼女の息子さんがあらわれ、ビビる私を「まぁまぁ、ちょっと入って…」と中にいれてくださる。 お菓子の教室などでお話をするのと、ふだんの私とでは、かなり印象が違うと、ひとによく言われる。中身は変わるわけじゃないが、たぶん車のハンドルを握ると人格が変わるひとと同じで、私はホイッパーを握ると、人格が変わるんだと思う。 と
にかく、そのときホイッパーを握っていなかった小心者の私は、かなりへっぴり腰で、すすめられるままKさんのお宅のテーブルに着き、まさか上着を脱ぐはめ
になるとは夢にも思っていなかったので、ものすごく首周りがダラーンとたれて、おまけに丈のとても短いマヌケなシャツを着ていた。そのせいで、そわそわと
シャツのすそをひっぱり続けつつ、Kさんと息子さんから衝撃の事実を告げられる。
まず、マンション全体の設計図を見せていただき、「ここが駐車場で、ここが中庭。このふたつの間の1階の9坪が、かとうさんのお店になるのよ。」 「はぁ…ありがとうございます。」
「お店の水周りをどこにするとか、ガス管をどこまで引くとか、その2点は早めに決めてね。」 「あ…はい。わかりました。」
と、ここまでの話はスムーズ。私もわくわくしながらKさんの話に相槌を打っていた。 そして問題はここからだった。 「それで、お店の正面だけど、全面をガラス張りにする?それとも壁があって、扉って感じにする?」 「できれば全面ガラス張りのほうが…いいなぁとは思うんですが。」 Kさんはにこやかにうなずいて、 「わかったわ。じゃ、外側にシャッターはこちらで取り付けますから。」 私もにこやかに、短いシャツを引っ張りつつ、 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と頭を下げながら、 Kさんのだしてくれたマリアージュ・フレールのサクラフレーバーの紅茶を一気に飲み干した。 そして、Kさん親子に恐る恐る聞いてみる。 「あのー、じゃ、配管とか、そのほかの内装は…」 「今、工事をやってくれてるT建設さんのお話しだと、平均的な工事費は坪数かける60万ぐらいだって言ってたけど…」 えー!そうなの?内側の工事費は壁とかだけじゃなくて、他のものも私が払うの?
知らなかった…そういうものだったのか。無知な私は、世の中の常識を無視して、勝手に自分の都合のいい方向に解釈していたようだ。
頭の中は真っ白で、なぜかTVCMのタッチおじさんの声で、 「知りた〜い、でもこわ〜い。」というフレーズが浮かんできた。
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| 4月9日 大ピンチ |
一夜明けて、昨夜のKさんとのやりとりを頭の中で反芻してみる。
ガス管、水道管、電気配線、床、壁、その他モロモロ、合わせるといったいいくらになるんだべ? 私がそんなもの払えるの? この苦しい胸のうちを、とりあえず横で寝ていたパパを揺すり起こして、一気に話すと、彼は私よりも、計算その他にとてつもなく弱い男なので、ふたりそろって、早朝からドヨーンとしてしまう。 どうも、Kさんは外側、私は内側ってことなのよね。 「いったいいくらかかるの?」「さぁー?」 素人の私たち夫婦ふたりが、小首を傾げていてもなんの解決にもならない。
そこで、最後の切り札、登場するのはパパのダディーだ。 ダディーは、電気工事関係の仕事をしていて、趣味はゴルフ、パパとは似てもにつかぬタフなタイプだ。Kさんとこのマンションも、ダディーの会社で電気関係を取りしきることになっている。 「あのーおとうさん…」 朝から元気よくゴルフの素振り練習に余念のないダディーに、背後から恐る恐る近づく私たち。 「実はですね…」 と昨夜の話を打ち明けると、ダディーはう〜むと腕組をして聞いていたが、 「よし。Kさんとこは箱を用意してくれるんだろ。わかった。とりあえず、俺がT建設にちょっと話ししてみるよ。素人じゃ、話になんないだろ。」 と、一応、請負ってくれた。 うーん、さすがダディーだ。プロの香りがぷんぷんするよ。頼りになるね。嵐の中、難破しかけた船が灯台の光を見つけたような気分!だけど、ダディーがT建設と話をしてくれたとしても、予想以上の出費。坪数かける60万イコール540万!そ、そんな…ご無体な… 自己資金は限られているし…借金してまでお店やろうとは考えていない。 どーしよう。難破しかけた船は灯台の光を見つけつつ、あっさり沈没したりして。
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| 4月19日 キャー!やめて! |
資金問題でビクビク暮らしている私のもとに、イルプル友達のウメちゃんから1通のメールが届いた。
ウワサのみど姉さん、元気?
なんでウワサかって言うと、昨日イルプルの授業で、弓田先生が 「イルプル本科1年通って、今、第2クールに来ているかとうさんが お店を出すことになりました。」って、 みーんなのまえで言ってたからです。 おめでとう!これからもがんばってね! ウメより
ガーン!やめて!私の傷をコレ以上ひろげないで!弓田先生、なんでそんな突っ走ったこと、先回りしてみんなに言っちゃうのよ? ウウウ…どーしよう。お金なくて、お店、できなくなるかもしれないのにー…そしたら別の意味でまたウワサのみど姉さんになっちゃうよ… メー
ルを見て、真っ青になりつつ、今までの自分というものを振り返ってみた。思えばこれまで、のほほーんと将来の具体的な計画もなく、ムダ遣いばかりしてきた
ような気がする。今回のことも具体的な資金面のことは、ほとんど考えてなかった…というか、Kさんにきちんと確認もしないで、勝手に都合よく解釈しており
ました。 今更遅いけど、どーんと反省してつくづく自分に自己嫌悪。もう遅いかもしれないけど、これからはもっと堅実にやっていこう。 私の愚行が、ウワサになっても、それは弓田先生が悪いんじゃない、世の中を甘く考えていた私が全ていけないんだ… がっくりと肩を落とし、おまけにオーブンをのぞこうとして、熱いガラスに鼻の頭をくっつけてしまい、ドジョウすくいでもやりそうな、ものすごくマヌケ顔になってしまった。 なんとも情けなか…
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| 4月26日 持つべきものは・・・ |
そんなこんなで、ブルーな私に、お菓子屋さんで仕事をしているケイちゃんが、一緒に埼玉の中古厨房用品店に行こうよ、と誘ってくれた。 池袋で待ち合わせて、ふたりで埼玉へ。 最寄の駅までは楽勝に近かったが、そのあと店まで行くのに、なんとバスが1時間に2本しかない!おまけにタクシーで行くと20分以上かかると言われ、なんちゅうこったいと文句をたれつつ、仕方なくふたりでバスを待つ。 そして待つこと30分あまり、やっときたバスに乗り込み、結構長い時間かかって到着。 だけど…結論から言うと、行ってよかった! そこは私やケイちゃんのようなお菓子バカにとっては、まさにパラダイス! やっぱり冷蔵庫はホシザキのがいいね、二層の流し、こんなでかくなくていいよ、こんだけしか値引きしないなら新品でも構わないかも…とかなんとか、まるで新婚カップルが家具選んでるみたいに、ワクワクしつつ、ふたりで、えんえんと品定めをした。 最近不景気なせいか、中古といっても新古品もたくさんあったし、冷蔵庫、冷凍庫、コールドテーブル、はたまた居酒屋風のイスと机にいたるまでさまざまなものがそろっていて、しかも結構 や・す・い! 楽しくて楽しくて、気がついたら、乗ろうと思っていた帰りのバスは、すでに私たちを置いて出発してしまっていた。 ケイちゃんが13時に打ち合わせがあると言うので、タクシーを呼んでもらう。 駅までの帰り道、タクシーの中でケイちゃんが聞いた。 「お店、どうするの?」 「ウーン…」 そこで会話は途切れてしまう。
ケイちゃんと初めて話をしたとき、なんでこんなひとがお菓子屋さんになろうなんて思ったんだろ?と不思議だった。前に、有名なパティシエが、さも名言というふうに、こんなことを言っていたのを聞いたことがある。 「バカじゃ菓子屋になれないが、利口でも菓子屋になれない。」 そんな言葉が頭に残っていたせいか、ケイちゃんが今の店で働くと聞いたとき、本気でこのひとはお菓子をやる気なんだ!と思いちょっと驚いたものだった。 彼女はものすごく頭がいいし、仕事もできる。今はその手腕を買われて、実際に現場で作るよりも、広報や事務的な方を全面的にまかされてがんばっている。そんな超多忙なケイちゃんが、時間をやりくりして今日、わざわざ、私をここに連れてきてくれた。 そんなことを考えていると、なんか、ちょっとほろっときそうになってしまった。
「ケイちゃん…あのさ、やっぱ、私、お店、あきらめたくないかな…」 ケイちゃんはにっこりして私を見た。 「そうだよ。まだ何も始まってないじゃない。しかも大切なこと忘れてるよ。みどさん、まだ一銭も損してないはずだよ。」 そっか!そうだよねー!ケイちゃんサンキュー、なんとなく気が楽になってきたよ。 あきらめるのはまだ早いよね
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| 4月28日 店名、決定! |
マイブームの気功教室に行ったついでに、吉祥寺のカフェで、よこちゃんに会う。よこちゃんは私のパパの弟の彼女だ。 だけど、信じられないくらいおもしろいひとで、私たちは会ってすぐ恋に落ちた…じゃなくて意気投合した。
おかげで今では誰かに紹介する時も、ややこしい「弟の…」は省略して、「私の友達のよこちゃん。」とすんなり紹介するようになった。
そのよこちゃんに今までのいきさつを話したら、予想どうり、すごくおもしろがって、 「やんなよ、やんなよ、楽しそうじゃない!」と言う。 「うん、やるよ。せっかくやるって決めたんだもん。」 こういう話をしていると、私たちはパァッと盛り上がって、どんどん話がでかくなっていく。 「そうだ!お店のホームページ作ろうよ!私、ロゴ考えてあげる。」 そういや、よこちゃんはイラストレーターだ。 「いいね、いいね、じゃ、いっそのこと、今から作っちゃおうよ。準備段階をホームページに載っけちゃうの。」 「おもしろいかも。そういや、ねーさん、ケーキ教えてるでしょ。それも載っければ、生徒さん増えるかもよ。」 …と、またいつものように、どんどんふたりの風呂敷は大きく広がっていく。 「ねーさん、店の名前考えた?やっぱタブリエ?」 「うーん、タブリエもいいけど…よこちゃん、なんか他にいい名前、考えつく?」 よこちゃんが、いたずらっぽく私の顔をのぞきこんだ。 「あるじゃん、いい名前が。」 「なによ、どんな名前?」 よこちゃんはクスクス笑いながら、 「よことみどねーさんの夢だよ。」と言う。 「夢?私、あんたと店を出すなんて言ってないよ。」 「違うってば、ほら…」 よこちゃんがなにを言いたいのか分からず、私は眉をしかめた。 軽く息を吸って、よこちゃんが吐き出した言葉を聞いて、思わずのけぞってしまった。 「紅茶グマよ。ねーさん。」 「こ、こうちゃぐまぁ?」 「そうだよ、紅茶グマ焼菓子工房、これで決まり。」 「ちょちょっと待ってよ。紅茶グマはさぁ…」 「紅茶グマ」というおかしな名前は、確かに私とよこちゃんの夢だ。いつか私が文章を書いて、それによこちゃんがイラストを描き、そしてふたりで本を出す…これは、ふたりの壮大な計画の大切なひとつだった。 そのなかの、最近考えた話が、紅茶グマの物語だった。 「紅茶グマ焼菓子工房、紅茶グマ焼菓子工房…ダメダメ、やっぱ恥ずかしいべ。」 「大丈夫だよ。じきに慣れるって。あたしこの名前、すごくねーさんぽくって好きだよ。」 「いや、やっぱまずいよ。紅茶グマ焼菓子工房、紅茶グマ焼菓子工房…」 ブツブツくり返す私に、よこちゃんが言った。 「さ、ねーさん,
ぐずぐずしてらんないよ。ホームページ、ねーさんひとりじゃなんもできないでしょ。ねーさんのパパに相談しなきゃ。 あたしロゴ考えるから、家に帰る。」 「ちょちょちょ、待ってよ。これから100円ショップでフライパン買うんじゃ…」 よこちゃんは、もう伝票をつかんでレジに向かっている。 「いい?フライパンはまた今度。帰ったらすぐパパにホームページのこと相談しなさいよ。」 よこちゃんはボーっと突っ立ってる私をひとり残して、ママチャリに乗っかって、さっさと家に帰ってしまった。 よこちゃんのうしろ姿を見送りつつ、 「紅茶グマ焼菓子工房…」ともう一度つぶやいてみた。 どーしようか、そんなへんてこな名前で本当にいいのか?タブリエという名前にも未練が残る。
自問自答…。
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開店を決めてからも、まだこの頃は、あまり現実味がなかったような気がします。 そして、紅茶グマ焼菓子工房という風変わりな店名も、よこちゃんによって浮上してきたのがこの月でした。
だけど、よこちゃんが命名したのだとばっかり思い込んでいたのですが、
もともとは私が考えた物語の中の主人公が『紅茶グマ』なんですよね。 じゃ、命名は私ってことになるのでしょうか?
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