記憶の旅 記憶の味
café du marquis de Sade
サドのカフェ
空がにわかに暗くなり、崩れかけた城壁の上で休んでいたカラスが飛び立ったと思ったら、雷鳴とともに激しい雨が落ちてきた。城の脇の荒れ放題の芝に座り、のどかな城下の風景を見下ろしていた私は、慌てて、もと来た一本道を下った。さっき、ここへ上がる途中に一軒のカフェ があったのを思い出したからである。

雨水が谷川のように流れ落ちてゆく坂道の中腹に、その「カフェ・ド・サド」はあった。カフェ・ド・サド、つまり、サド侯爵のカフェ。ラコスト村の、おそら くは唯一のカフェなのではないだろうか。ラコスト村は、その昔、サド侯爵の領地であり、この城は、サドが住んでいたラコスト城、幾多のスキャンダルの舞台ともなった謎の城である。

 「悪徳の栄え」や「美徳の不幸」などといった小説で知られるサド侯爵は、最近でこそ18世紀フランスの代表的作家とい う評価が定まってきているが、一般的にはサディズムの語源としての方が名高いだろう。幸か不幸か、そのスキャンダラスな生涯と作品のおかげで、サドは、その名前を永遠のものにしてしまったとも言える。

サドやその周辺の文学を研究しようと思っていた私が、フランスに渡ったその足で訪ねたのが、このラコスト城だった。ラコスト城は、南仏プロヴァンスの古都アヴィニョンからおんぼろバスでおよそ1時間、まずアプトという小さな町にたどり着かねばならず、そこからさらにまた、車で20キロほど走らなければいけない。運転免許証を持っていなかった私は、自転車を借りて、この道程を走破した。7月の暑い頃であったが、プロヴァンスの乾いた空気のためか、汗は出てこない。南仏の田園風景を視界いっぱいに眺める、実に快適なサイクリングだった。少なくとも往路は。

城にはジルという男がいて、この廃墟を修復している、ということは人づてに聞いていた。出来れば、彼に会って、城の中に入れてもらいたい、そう考えていたのだが、生憎の不在で城には入れず、おまけに泣きっ面に蜂とばかりの豪雨である。

誰もいない薄暗いカフェに逃げ込んで、コーヒーを注文すると、放心状態のまま、私は店の前の坂道を流れ落ちる雨を眺めていた。コーヒーを運んできた若い ウェイトレスに、「この雨、まだまだ降り続くのかなあ・・・?」と何気なしに尋ねると、素っ気なく「さあ・・知らないわ。」とだけ答えて、カウンターの中へ戻ってしまった。馬鹿なことを訊いたものだ、とすぐさま反省した。神様じゃあるまいし、そんなことわかるわけがない。スコールのようなものだと思って気長に待つしかないのだ。

突然、雨の中から黒い塊が現れ、どっと店の中へとなだれ込んできた。それは、数人からなる労働者らしいグループで、どうやら、昼食を取りに来たものらしい。そう気づいて時計を見ると、確かにもうお昼だった。朝早く、アプトのホテルを出てきたと思ったのに、もうこんな時間で ある。
ワインを飲んだり、ピンボールに興じたり、と、騒々しくも、すっかりくつろいでいる彼らの脇で、私は小さくなっていた。何しろ、フランスに着いてまだ数日しかたっていないのだ。この空気に飲まれてしまったとしても、少しも不思議ではない。

さて、彼らのテーブルに運ばれてきた料理を見て私は驚いた。特大のステーキと、山盛りのフライド・ポテトである。いわゆる「ステーク・フリット」というや つで、知識としては知っていたが、こうして実物を目の前にしてみると、そのボリューム感に圧倒されてしまう。そして、その特大ステーキにかぶりつき、うまそうに食べている彼らを、呆気にとられて覗き見していたのである。
今になってみれば、私にとってもお昼なのだし、こんなおいしそうなものを見せつけられて、お腹が鳴ってもおかしくないのだが、その時は、精神的な疲労感に加えて、ステーキの迫力に押され、自分が注文しようなどとは思いもよらなかっ た。ただただ、彼らの食べっぷりを拝見させてもらっていた、それだけである。実を言うと、ほんの少し、オーダー恐怖症のようなところがあったのだ。カフェ に入っても、何をどう注文してよいやらわからない、結局、いつもコーヒーとサンドウィッチだけ、というのだから、何とも意気地のない話である。
 
ステーキ、などというと、いかにもご馳走めいているが、しかし、フランスでステーク・フリットといえば、お昼にお腹をすかして食らいつく極めて庶民的な料理である。日本でいえば、ラーメンとか丼ものとか、そのくらい身近なものと考えればよい。
間違えてはならないのは、このステーク・フリット、和牛のような柔らかい霜降りの肉なんかではない、ということだ。霜降りの、とろけそうな肉がおいしい、 という意見はわからないでもないが、ここフランスでは、そのような声は少数派、というよりも、本来、ステーキなんて、せいぜい塩と胡椒を振ってさっと焼く、そうやって食べるものだと思われている。硬くて結構、むしろ噛むことによって、肉の旨みを味わうことができるはずなのだ。噛む快楽、などというと、何 ともサド的であるが、狩猟民族の面目躍如たるものがある。
 「ジルっていう男を知っている?」
次々に口に運ばれるステーキに目を奪われながら、私は、前にいる茶色い髪の若い男に尋ねてみた。
 「ああ、知っているよ。城の裏にある風車小屋にいるはずだ。」
私は、雨が小降りになるのを待ってもう一度外へ出て、城へと向かった。店で聞いた風車小屋は発見できたけれども、結局、ジルには会えなかったのは残念だった。仕方なく、再び自転車に跨ると、雨の中、逃げるようにしてラコスト村を後にしたのである。

その後も私はアヴィニョンの町に滞在し、2週間後に再びラコスト村を訪れた。この時は、ようやく、廃墟の修復者ジルに会うことができて、城の中へも入れて もらった。崩れかけた城の窓から眺める南仏の風景は、どこまでものどかだった。遠くラベンダー畑が紫色に色づいている。200年前にサドが眺めた風景と、 それほど変っていないのではないか、という印象さえ受ける。私は、しばしジルと会話を交わし、城を辞した。

坂道を下りながら、私の足は、当然のように「カフェ・ド・サド」へと向かった。お昼にはちょっとばかり早かったが、お腹がすいていたから、躊躇することな くステーク・フリットを注文したのである。自分でも、フランスに慣れてきたな、と感じて、何となく誇らしげな気分になった。
 「今日はいい天気ですね。」と、いつかのウェイトレスにも軽口を叩けるくらいになった。「今日は、雨は降らないわね。いい天気。」と彼女も答える。
来た、来た。もちろん、特大のステーキと山盛りのフライド・ポテトである。早速、かぶりつく。硬いので喉につかえそうになる。大きな塊を口に入れてしまっ たことを後悔したが、ここからが、肉を噛み砕く醍醐味である。ふと、和牛の柔らかさを思い出して、果たして、この硬い肉はおいしいのかまずいのかわからな くなったが、これが本当の肉の味なのだろう。サド侯爵のカフェで味わう肉の味。

ステーキと奮闘していると、この日も、労働者たちが雪崩れ込んできた。私の前には、例の茶色い髪の男が座った。私に気づいて、「やあ、ジルとは会えたかい?」そう尋ねる彼に、「うん、ありがとう。会うことが出来たよ。」と答えた。

そして、彼は、私がステーキを頬張っているのを見て、「うまそうだな。」と言ったのである。