記憶の旅 記憶の味
matin marseillais
マルセイユの朝
マルセイユには透明人間が出没するらしい、と、子供の頃、何かの本で読んだことがある。
ずいぶんと荒唐無稽な話ではあるが、鯨に飲まれた漁師が、奇跡的に生還は果たしたものの、その胃液で色素を破壊されて片腕だけ透明になってしまったというのだ。しかし、妙な説得力が あって、子供心にもマルセイユという港町の名前がくっきりと刻印されてしまった。
鯨、港町、という磁力に引かれ、メルヴィルの名作「白鯨」も読んだ。そして、どこをどう勘違いしたのか、最近までずっと、主人公が捕鯨船に乗り込む港町をマルセイユなのだと思いこんでいた。よく考えればアメリカの小説なのだし、今になって読み返してみれば、それはアメリカの東海岸ニュー・ベッドフォードなのだが、とにかく、頭の中でマルセイユのイメージが膨れ上がっていたのだろう。霧深い夜の町を、気の荒い船乗りや怪しげな異国人が徘徊している、そんな勝手な想像を膨らませていたのだ。

確かに港町というの は様々な人種が集まってくるし、しかもマルセイユともなれば、地中海を越えてアフリカ大陸からの移民も多いことだろう。ちょっとくらい物騒な空気が流れて いたとしても不思議はない。怖いもの見たさ、というのか、私は、フランスに行く前から、マルセイユにおかしな憧れを抱いていたのだ。そして、ことあるごと に、妻に透明人間の話をした。「マルセイユには透明人間がいるんだぜ。」
しかし、妻は一向に取り合わず、「また、同じ話をしてる。」と馬鹿にされるだけであった。しかし、とうとう、マルセイユを訪れる日がやってきたのだ。

パリからマルセイユまでは新幹線TGVで4時間半程度だが、私たちは、あえて夜行列車を選び、一晩かかってマルセイユに到着した。何しろ、憧れの地なのだ、そんな簡単に着いてしまったのでは面白くない。
私たちは例によって、マルセイユの街を歩き回った。ところが、実際にマルセイユの街を歩いてみても、期待していたほど物騒というわけではなかった。確かに、薄暗くて狭い路地などを歩いていると、今にもひとさらいが現れそうな気もするけれど、その程度だったら何もマルセイユに限ったことではないだろう。た だ、やはり、アフリカ人、アラブ人、中国人など、外国人が多いことだけは確かなようだったが、それだって、フランスではごく普通のことである。

私たちは、港から出る遊覧船に乗って、シャトー・ディフ(イフ城)へ出かけた。ここはもともとマルセイユの前哨の島であったわけだが、17世紀あたりから 牢獄として使われるようになる。そして、「鉄仮面」として名高い謎の男や、デュマの小説の主人公、モンテ・クリスト伯などが幽閉されていた。もっとも、モ ンテ・クリスト伯はフィクションだが、このシャトー・ディフには、ちゃんと彼の牢獄が残っていて、私たちはそれを目の当たりにすることが出来る。そんな牢 獄を見物して、モンテ・クリスト伯の牢獄がこうして存在するからには、やはり、透明人間だっていてもおかしくないし、やはりマルセイユは怪しいとところだ、と考えたりもした。もっとも、ピンク・レディの歌ではないけれど、「現れないのが透明人間」なのだから、もし存在していても、この目で確かめることは 不可能だ。

そんなわけで、透明人間探しはひとまず置いて、食欲を満たすことにした。やはりマルセイユにまで来たからにはブイヤベース、と、私たちは早速レストラン探しにかかったのである。
ブイヤベースはすっかり名物になっていて、港を囲む一帯にブイヤベースを売り物にした店がずらりと並んでいる。探す手間は省けるのだが、こういう事態はむしろ面白くない。いかにも観光客相手の店という感じで、どうも信用が出来ないのだ。とはいえ、実際に観光客である私たちは、名物を食べさせてもらいましょ う、という素直な気持ちで、適当に一軒を選んで中に入ったのである。
そして、ブイヤベースを注文し、やがて料理が運ばれてきた。カサゴ、ホウボウ、タイなど数種類の白身魚や貝、エビなどが山盛りになった皿を目にして、隣のアメリカ人が目を丸くしていた。そうそう、これがブイヤベースなのだ、という気持ちが高ぶってくる。 透明人間ほどではないにせよ、それなりに期待していたブイヤベースなのだが、しかし、いざ食べてみると、こんなものか、という 感じなのだ。まずい、とは言わないが、とりたてておいしい、というほどのものではない。これがマルセイユ名物なのか、と思うと、ちょっとがっかりする。まあ、それでも、せっかく隣で驚いてくれたアメリカ人のためにも、料理を残すようなことはしなかった。そうでなくとも、料理を残す、という概念は私たちの辞書にはない。
 「ブイヤベースって、こんなものかなあ・・。」
ふたりで顔を見合わせた。まあ、名物にうまいものなし、とは言うではないか。

翌朝、私たちは港のあたりを散歩した。港では、露店がいくつも並び、その朝水揚げした魚を売っている。朝市というわけである。夕べのブイヤベースに入っていた魚の他にも、イワシ、タラ、ニシン、ムール貝、手長エビ、そして生ウニ。私たちは、1ダース数百円で売られていた生ウニを、半分の6個で分けてもらって、その場で食べた。まだ蠢いている鮮やかなウニを口の中に放り込むと、思わず顔がほころんだ。海の香りがする。

やがて、お昼が近くなった時、 港の上空を飛び回っていた鴎たちが露店の方へと集まってきた。何事かと思って様子をうかがっていると、店の人たちが魚を海に向かって投げている。それを鴎が上手に受け取っているのだ。どうやら店仕舞いらしく、あまった魚をこうして海に捨てているらしい。それが目当ての鴎が一斉に集まってきたのだ。
 「ああ、もったいない・・・!」
妻が溜息を漏らす。もっともだ。捨てるくらいなら、最初からただで配給してくれればいいではないか。あのイワシは塩焼きで、あのタラは粕漬けにして、などと、食べ方まで頭に浮かんでくる。
 「全部まとめれば、ブイヤベースに使えるのに・・!」
妻の一言で、何となくわかった気がした。ブイヤベースというのは、もともとこんなあまった魚で作る寄せ鍋のようなものなのだ。漁師が海に出て、魚を穫る。 それを市場に出したり、こうして露店に出して売るわけだ。それでも、どうしたって魚はあまってしまう。そこで、売れ残った魚を持って帰り、どうするか。 手っ取り早いのは、ごった煮である。私たちが冬に囲む鍋を思い浮かべればいい。あれはどこかの料理屋で食べてもそれはおいしいだろうが、やはり、酒でも飲 みながら、家で家族や友人たちと好きな素材を放り込んで食べるのが一番だろう。鍋料理は、地方や家庭によって材料も味つけも異なってくる。そのひとつひとつは、店で出すような洗練された万人向けの味ではないかもしれないが、それぞれの流儀があって、楽しい食事になるだろう。ブイヤベースもそういう家庭の料理に違いない。夕べのブイヤベースの物足りなさは、そんなところだったのかもしれない。地元の漁師の家にでもお邪魔してご馳走になったら、さぞかしおいし いに違いないのだ。

 「鍋とキャンプ用のコンロでも持ってくればよかったね。」と妻が言った。そうすれば、港でおいしそうな魚を沢山買って、寄せ鍋風のブイヤベースでも作れるではないか。透明人間探しは諦めたけれど、こちらは諦めていない。いつになるかはわからないが、この次にマルセイユを訪れる時の、私たちの課題である。