記憶の旅 記憶の味
crêpe, goût naîf
クレープの食事
クレープというと、原宿あたりで女子高生が頬張っている、ジャムやチョコレートやフルーツなどが入った甘いお菓子を想像するだろう。パリでも、街頭のスタンドで同じようなクレープを売っていたりするし、私もそういうものだと思っていた。それが、クレープだけでひとつの コース料理が出来るなんていうものだから、ちょっと驚いた。

最初に入ったのは、サン・ルイ島のクレプリーだったと思う。クレプリーというのはクレープ屋という意味だが、そこで出されたのが、クレープのコースだった。クレープとは、もともとブルターニュの料理だと知ったのも、その店である。
クレープとは言っても、そば粉で作られたもので、ブルターニュの多くの場所、特に東側では、ガレットと呼ぶ。お菓子のクレープの薄く黄色がかったものと は異なり、ちょっと灰色に近いような感じで、クリームやチョコレートの代わりに、中にはほうれん草やチーズ、ベーコンや卵が入っていたりする。ピザの感覚にも近いだろうか。ここまでくると立派な食事である。最初は甘く見ていたけれど、いざ食べてみると、なかなか食べ応えがあって、おいしい。中に入れるもの によっては、結構、お腹にたまる食事になる。

そして、そんなガレットと一緒にシードルを飲む。シードルとはブルターニュ産のリンゴの酒だけれど、メニューを見ると、これも数種類ある。瓶詰めのもの、「シードル・トラディショネル」つまり「伝統的シードル」などと書かれたものもあって、これは素焼きのピッチャーに入れて持ってきてくれる。詳しいこ とはよくわからないが、おそらくワインでいえば樽売りのハウス・ワインみたいなものなのだろう。飲んでみると、普通のシードルよりもどろっとした感じがする。果実臭くて、確かにこれはリンゴで作ったものなのだと感じさせてくれる。

ガレットには、やはりシードルが合う。クレープとシードル、などと言うと、ちょっと軽めのスナックみたいな響きがあるが、こうして飲み食いしていると、 どうしてどうして、どっしりと大地に根ざした食べ物のような気がしてくる。決しておしゃれな食べ物ではない、泥臭い食べ物である。ブルターニュは、フランスという国の発展から取り残されたような部分もあって、経済的にも決して裕福とは言えない。もともとケルト人を祖先に持っていて、その言語や風習なども受 け継いできたと言われるような独自の道を歩んできた地方なのだ。プロヴァンスなどと比べれば、農産物だって豊富ではない。そんなブルターニュ人の質素な生 活の中で生まれてきたのが、そば粉や小麦粉さえあれば作ることの出来るガレットでありクレープであり、りんごで作るシードルなのである。

私は、クレープを甘く見ていたらしい。クレープは、実は、たくましい食べ物なのだと考えるようになった。おふくろの味、という言葉があるが、クレープ は、おばあさんの味、という気がする。長い歴史の中で、伝統を固く守り抜いてきたおばあさんたちが作る、素朴な味だ。頑固だけれど、優しい、そういう味なのだ。

パリでクレープの味を知ってしばらくしてからだろうか。妻がケルト人やその風俗に興味を抱いたことがあった。ケルトといえば当然アイルランドなので、最初はアイルランド旅行を計画していたが、予算の面で断念せざるを得なくなり、仕方なく、ブルターニュへの小旅行で我慢することにした。すでに書いたよう に、ブルターニュにだって、ケルトを偲ばせるものは沢山残っているのだ。

ケルトの話はおいておくとして、私たちはサン・マロという海辺の町に着くや否や、まず、本場ブルターニュのクレープを食べようと小さなクレプリーに入った。最初に、素焼きのピッチャーに入ったシードルが出てきた。カフェオレボウルを小さくしたような入れ物に注いで鼻を近づけると、ぷーんとリンゴの香りがする。飲んでみると、さらに濃いリンゴの味が口の中一杯に広がる。ブルターニュはリンゴの産地、カルヴァドスというリンゴの蒸留酒も有名だ。
そして、お待ちかねのガレット。妻はほうれん草の入ったもの、私はハムとチーズが入ったものを食べてみた。飾り気のない料理だ。トマトの赤もないし、ハーブなどの彩りもない。しかし、ガレットは、しっかりとお腹の中に入りこんでくる。
 「おいしいね。」 「うん、おいしい。」 
華やかな表現は出てきそうにない。私たちは、それだけの言葉を繰り返した。窓の外にはいかにも冷たそうな大西洋が広がっている。白い波が岩肌に当たって砕け散るのが見えた。
 「ちょっと、寒くなってきたかしら。」
海を見ていたせいだろうか、妻がそう言って、上着を羽織った。

最後は、甘いクレープ。しかし、これだって、原宿で見るような鮮やかなものではない。生クリームかジャム、あるいは、砂糖とバナナを入れてブランデーを かけ、フランベする。それだけのことだが、肌寒さを覚えてきた身には、ひたすら甘く、おいしい。

食後は、町を囲むようにして作られている城壁を散策した。海側を歩いてみると、顔に当たる風が冷たい。浜辺に降りてみる。妻は、早速、趣味の貝殻と石こ ろの収集にとりかかった。海に行く度にこうして集めているから、わが家には、地中海、エーゲ海、ドーバー海峡などの貝や石のコレクションが出来てしまった。ここに、大西洋も加わったわけだ。
 「あの島へ行ってみようか。」
さっきから気になっていたのだが、海岸から数百メートルもいかないあたりに小さな島が見えている。引き潮のせいか、そこに向かって延びている道が顔を出 していて、人々がぞろぞろと歩いているのだ。空はそろそろ赤くなってきていて、その眺めはどこか神秘的だ。
 「まるでモーゼみたいだね。」 私たちは、聖書の有名な奇跡を思い出しながら島へ渡った。島は荒れ放題だが、思ったよりも広く、一本道が上へ上へと延び ている。人々の流れに従って、私たちも悪路を上がって行った。前を歩いていた男女が、路の脇の草むらに手を入れ、何か木の実のようなものをとって口に運んでいる。何だろう、と思って私たちも近づいてみたら、それは小さな木苺だった。私たちも、彼らにならって、野生の木苺を口に入れた。
 「酸っぱいね。」と私が言うと、妻は、「でも、ジャムにして、クレープに入れて食べたらおいしそう。」と答えた。さっき食べたばかりのクレープの甘さ が、口の中に甦ってきた。さらに、シードルの味が懐かしくなってきた。少し歩いたせいか、お腹も空いてきた気がする。

 「ああ、もう潮が満ちてきているよ。早く戻らないと。」
サン・マロの潮の満ち引きは大きく、早い。私たちは、慌てて、もと来た路を引き返し、対岸に見えているサン・マロの町へ向かった。