記憶の旅 記憶の味
en cherchant le vrai couscous
いわゆるクスクス病について
クスクスという、妙な名前の料理の存在を知ったのは、フランスに行って最初に滞在した南フランスの寮生活においてで あった。夏のことだったから、中庭で食事をする。そこで「賄い」のおばさんが作ってくれたのがクスクスだった。ひえとか粟などに似た粒状のものに、野菜のたっぷり入ったスープをかけて食べる。この、食べ慣れない料理を目にして、私は最初戸惑った。しかし、まわりのフランス人、スペイン人などを見ると、当た り前のように、そしてさも好物だというように、満足げな表情でクスクスに向かっている。そんな私に、「これは、クスクスというんだよ。」と教えてくれたの は、スペイン女性であった。そして、私はすぐにクスクスが好きになった。

クスクスというのは、マグレブ、つまり、モロッコ、チュニジア、アルジェリア、といった北アフリカ諸国の料理だということも知った。クスクスの粒は、小麦粉をこねて作る。イスラム教圏だから豚肉は使わない。クスクスに添えられる肉は、羊や鳥、そしてメルゲーズという辛いソーセージなどが多いのはそのためある。羊肉などというと、私たち日本人には比較的馴染みが薄いが、クスクスと羊肉の組み合わせは絶品である。私にとっては、クスクスはやはり羊なのだ。

パリに住んでみると、クスクスとはいたるところで出会うことが出来るのだが、最初は、どこで食べることが出来るのか、よくわからなかった。その頃、カルチェ・ ラタンのセルフサービスのレストランに通っていたが、いつもどこかのテーブルでクスクスを食べている人がいる。そのボリューム満点なこと、食い意地の張っ た私は、是非、あれと同じものを食べてみたい、と思うのだが、店のメニューにはクスクスの文字が見あたらない。店員に尋ねてみれば済む、簡単なことなのだ ろうが、そのへんが私の気の弱いところで、なかなかそれだけのことが出来ない。それでも、ある日、思い切って、カウンターで「クスクス」の言葉を口にする と、店員は当たり前のように返事をして、憧れていた大盛りのクスクスを持ってきてくれたのだった。クスクスは、どうやらフランスでの食生活には欠かせない料理で、言ってみればカレーライスのような、誰もが好きな大衆的な味なのだ。マグレブ諸国というのはもともとフランスの植民地だったところで、フランス国内にはマグレブ出身者が多いから、いつの間にかクスクスがフランス国内にも定着したのだろう。

そうなると、事は、トントン拍子に進む。私は、学生街であるカルチェ・ラタンをぶらぶらすることが多かったから、このあたりのレストラン街の一角にクスクス屋がかたまっていることを知った。日本からやってきた友人などを、「珍しいものを食べに行こう。」などと誘ったことも一度や二度ではない。ここでは、「マスカラ」などという銘柄のモロッコ産ワインなども味わった。

クスクスの特徴のひとつとして、お腹の中でさらに水分を吸収して膨張する、ということが挙げられるだろう。店に連れてゆくと、誰も が「うまい、うまい。」と調子に乗って食べてしまうのだが、そのことがどんな結果をもたらすのかは予想がつかないらしい。私もつい、「うまいだろう。」な どと勧めるものだから、相手はワインをがぶ飲みしながら、山盛りのクスクスを平らげてしまうのだ。悲劇はその後に訪れる。友人のひとりは、ホテルに戻って から腹部が膨張し始め、一晩中苦しんだという。
その後、その友人は、二度とクスクスを口にしなくなった、と言いたいところだが、事実はそうではない。ますますクスクスが好きになった。そして、今度はふたりで、新しいクスクス料理屋を発見したのだ。それは、リュクサンブール公園近くにある学生食堂 だった。ここはどうやらマグレブ料理を専門に出す学生食堂らしかった。学食というと、昼時には長い列が出来て、席に座るまでに時間がかかるものだが、ここはいつ行っても空いている。そして、雰囲気もちょっとおかしい。窓というものがなくて暗く、天井もやけに高い。まるで地下室で食事をしているような後ろめ たさを感じるのだ。寒いパリの石畳を抜けて中に入ると、さらに肌寒い気がする。最初は、ちょっと抵抗があるのもやむを得ない。実際、その友人が知り合いの韓国人女性を連れていったところ、どうも肌に合わなかったらしく、もう二度と行きたくない、と言われたそうである。
 さて、この学食では、週一回、クスクスの日が決まっている。「○曜日は、本物のクスクスの日」などと銘打たれているのだ。友人と私とは、その日を狙って、毎週のようにこの学食へ通った。もう、クスクス抜きの生活などありえなくなったのだ。

さすがにその後、学食へは足を運ばなくなったけれど、妻と暮らし始めてからも、私のクスクス好きは続いた。妻も、食べれば苦しくなるのはわかっているのだ が、「クスクスを食べに行こう。」という私の誘いを断りきれない。ただし、妻は、もっぱら、例のメルゲーズのクスクスを注文し、私はといえば、もっとこってりした羊専門で、羊、牛、鳥、メルゲーズ、のすべてが入った贅沢な「ロワイヤル」を注文することもあった。そんな時の帰り道の苦しさといったらない。食べ過ぎた結果はわかっているのだが、おいしいから、仕方がないのだ。

妻が何かの用事で一時帰国していた時など、どうしても野菜が不足してしまうことがあった。そんな時、私は週一回のクスクスを何よりの楽しみとしていた。わざわざ北駅などの駅前にある汚い食堂に足を運び、安いクスクスを食べる。人参、タマネギ、トマト、蕪、豆などといった野菜がふんだんに入っているから、それで一週間分の野菜摂取を補っていたのだ。冬の寒い夜、アラビア語が飛び交う食堂で口にするクスクスは何ともエキゾチックで、そして何よりおいしい。
「クスクスが一番だろ。」店の主人が、アラビア語訛りのフランス語で半ば脅すように同意を求めてくると、どぎまぎしながらも、私は「もちろん。」と言ってうなずいたものである。

その後、妻と私とは、より本物のクスクスを求めて、モロッコに渡った。というのは大袈裟だが、とにかくモロッコへ旅行したのだ。場所は、もっともモロッコ らしい喧噪の街マラケシュ。ある友人の知り合いはモロッコの田舎を旅していたが、一軒の家の前を通りかかった時、その家の人に呼び止められ、クスクスを供されたという。「そのクスクスは、ただでさえ脂が浮いていたが、そのスープの上からさらにオリーブオイルをかけたりして、脂分が1センチほどの厚味に達し ていたらしい。」などと、その友人は脅かすのだが、それもまた内心楽しみだった。

マラケシュ旧市街の中心地が、芸人や物売りが大勢集まって、い かがわしくも騒々しいフナ広場である。ヒッチコックの名作「知りすぎていた男」の中で、ジェームス・スチュアートとドリス・デイの夫婦の子供が誘拐されるのが、まさにこの場所なのだ。人ごみの中を歩いていると、いきなり首に蛇を巻かれたり、猿を頭に乗せられたり、と、油断もすきもないこの広場をやっとのことで逃れ、私たちは、砂埃の舞う路地の小さな食堂に入った。
パリで食べるクスクスよりさらに安いクスクスは、しかし、予想に反してあっさりして いた。オリーブオイルが浮いているなどということはなくて、軽いカレー風味、ボリュームも少な目だった。意外だったし、あてがはずれた気もしたが、それは それでおいしかった。きっと、もっと田舎の方へ行ったり、いろいろ回ってみれば、どこかで友人の言っていたようなクスクスに出会えるかもしれないが、まさ かそこまでするわけにもいくまい。

私たちは再びパリに戻り、パリのクスクスを堪能しにクスクス屋へと足を運んだのである。クスクスを食べに行く時は、食後の苦しさがわかっていても、何故だか顔がほころんでくる。まるで一種の病である。しかし、クスクスとはそういうものだ。