| 記憶の旅 記憶の味 |
| vie avec des cafés |
カフェのある暮らし
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アパルトマンの薄暗い階段を降りて、外への扉を開くと、すぐ隣にカフェがあった。当時、私たちはそのアパルトマンの2階に住んでいたから、つまりは、窓の下にカフェがあったのである。カフェといっても、狭くて、お世辞にもきれいとは言いがたい店で、床には煙草の吸殻が散乱
していた。
カフェは煙草屋も兼ねていて、煙草を売っていたのが、私たちの隣の部屋に住むひとり暮らしの老婦人だった。確か、オディールという名前だったと思うが、そうして、彼女は、職場に通うために、2階と1階とを毎日往復していたわけだ。
自分の家とカフェとを往復するのは、何もオディールだけではない。
実は、パリの生活というのは、自宅や職場からカフェとの往復であるとも言えなくもないからで、パリで暮らす多くの人は、一日何度もカフェに足を運ぶ。
秋の夕暮れのことである。
カルチェ・ラタンあたりで早めの夕食をとり、ワインも入って、いい気分となっていた私は、妻に、「歩いて帰ろうか。」と提案してみた。歩くといっても、パリは狭いから、その当時住んでいた13区のアパルトマンまで30分もあればたどり着くことができる。暗くなり始めたパリの街をぶらぶらするのは、悪いものではない。
妻は、しぶしぶ承知し、私たちは、カルチェ・ラタンを南東に向かって歩き出した。
それは、間もなく、スフロ街、つまり、リュクサンブール公園の前あたりでやってきた。 「ちょっと、トイレに行って来る。」
私は、妻にそう言い残し、スフロ街の小さなカフェに入った。カフェの地下にはトイレがある。私は、一目散に地下へ続く階段を目指し、カウンター前を通り過 ぎようとした。その時、カウンターの中の店員と目が合ってしまったのである。客ではなくても、そ知らぬ顔をして、トイレに行くことは出来るが、ものにはタイミングというものがあって、また、気が小さい私には、それが出来ない。トイレに向かおうとしていたその足でカウンターに近づき、「アン・ドゥミ(ビー ル)!」と言ってしまった。
下半身をもぞもぞとさせながら、上半身だけは平静を保ち、私はビールを待った。カフェの外では、妻が怪訝そうな顔をして中を覗いている。ビールはすぐに出てきた。「いくらですか?」「8フラン20サンチームだよ。」 カウンターの上にある小皿に、9フランを置く。ギャルソンが返してくれた細かいお釣りは、そのままチップとして小皿に残す。 「メルシー!」
ギャルソンは、そう言って、チップを受け取り、パン!と、小皿を裏返しにするのだ。支払済み、という意味である。
私は、ビールを一息に飲み干した。そして、ゆっくりとカウンターを離れ、階段に差しかかると、今度は一転、小走りで階下に降りたのである。
用を済ませ、カフェの外に出てみると、妻が不機嫌そうに待っていた。 「何してたのよ。」 「いや、トイレに行こうと思ったんだけど、ギャルソンに見つかっちゃってさ、仕方ないから、ビールを頼んだんだ。」 「馬鹿ねえ。そんなことしたら、またトイレに行きたくなるじゃない。」 「大丈夫、もう、大丈夫。」
そして、再び、私たちは、夕暮れのパリを歩いた。パンテオンの脇からムフタール街の方向へと抜ける。ほろ酔い気分で小さな路地を歩いてみると、普段気にもとめないような、建物の装飾だとか、道端の石だとかに気づいて、それが面白い。酒に酔うと、街の遠近法が狂うらしい。
ムフタール街を抜ける頃、私は、思い切って妻に言った。 「ごめん。もう一度、トイレに行ってくる。」
そして、妻の返事も待たずに、目の前にあったカフェに飛び込んだ。すると、悪いことに、このカフェも、地下への階段のすぐ横にカウンターがあって、ギャルソンの目が光っている。しまった、と、思うが早いか、私は、「アン・ドゥミ!」と口走っていた。
カフェを出ると、また妻が待っている。 「まさか、ビールを飲んできたんじゃないでしょうね?」
「飲んできた・・・。」
街はすっかり暗くなった。私たちは、ゴブラン大通りを歩き、ようやくイタリア広場付近までやってきた。アパルトマンまで、もう、あと10分ほどである。
私は、おそるおそる、妻に切り出した。 「あの、もう一回、カフェに・・・。」 「はあ?だから、言ったじゃないの。」
妻は、呆れ果ててそう言った。そして、今度は、自分も一緒についてゆく、という。イタリア広場に面したカフェに、ふたりで入り、カウンターに向かう。
妻は、ギャルソンに、「コーヒー」と注文する。私は、ちらりと妻を見ながら、「ぼくも。コーヒー・・・。」
そして、そそくさと、今夜三度目の地下トイレに駆け降りていったのである。
戻ってみると、妻がコーヒーを飲んでいる。私は、無言で妻の隣に並び、カウンターに体をもたれて苦いエスプレッソを口にした。カフェの外、イタリア広場はすでに暗く、ロータリーを回る路線バスや自動車のライトだけがうごめいている。 「さて、行こうか・・・。」
私は、エスプレッソを飲み干した。
カフェというのは、わざわざ通うような場所ではなくて、日々の生活のそこかしこにある存在である。喉が渇けば冷蔵庫代わりとなり、人との待ち合わせ場所となり、本を読みたければ書斎にもなる。もちろん、私のように、トイレとして利用するのもいい。
パリに何百軒、いや、何千軒のカフェがあったにせよ、すべて同じカフェだと考えればよいのだ。そして、すべてのカフェが自分のものだ。 「どこでもドア」ではないが、あの頃のように、自宅の階段を降りるとそこにカフェがあったらと考えることがある。もちろん、パリの風景が見えるパリのカフェである。カフェからは、一歩たりとも外に出られなくてもいい。
そんな夢みたいなことが現実となるのなら、高い航空運賃を払ってわざわざフランスくんだりまで出かける必要はなくなるというものだ。 |
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