記憶の旅 記憶の味
au cour d'Avignon
アヴィニョンの中庭で
日中は陽射しの強いこの地方も、夕方になると涼しい風が通り過ぎ、その時間を待っていたかのように私たちは中庭へと降りてゆく。一本だけある大きな木が、風が吹くたびにざわざわと音を立てている。空はまだ明るい。
中庭には、すでに何人かが降りてきていて、ピッチャーに入った赤ワインを前におしゃべりをしていた。

南仏プロヴァンスの古都アヴィニョンに滞在したのは、フランスへ渡ったその夏の2ヶ月間だった。アヴィニョン大学主催の夏期フランス語講座を受けるため だったが、正規の学生がバカンスで留守となったこの寮に、私たち外国人学生は住むことができる。寮には、世界中の学生が集まってきていて、朝食と夕食を、 こうして寮の中庭で共にするのである。

 「ほうら、今日も、ワインを買ってきたぞ!」
そう言って、ワインのボトルをテーブルに置いたのは、関西の大学で哲学を教えるW先生である。私の他には唯一の日本人、バカンスを兼ねて、この講習を受け に来ている。先生はワインに造詣が深く、毎晩、そうやって、近くの酒屋でおいしいワインを物色しては、みんなにご馳走してくれるのだ。
 「シャトーヌフ・デュ・パップ。とても強い味のワインだよ。」
アヴィニョンにはローヌ河が流れているから、当然、コート・デュ・ローヌなどが地元のワインということになる。先生に教えてもらったコート・デュ・ローヌは、あの夏の思い出も手伝ってか、今でも、私の大好きなワインである。
 「さあさあ・・・」
食卓のムードメーカーでもあるW先生は、ユーモラスな仕草でみんなにワインを注いで回るのだが、長いテーブルに総勢10人ほどが揃っているわけだから、ワ インの分け前はほんの少しだけ、あとは、寮のまかないのおばさんが用意してくれたテーブルワインを飲むことになる。これもこれで悪くはない。

前菜が出てくる。もちろん、高級料理店というにわけにはいかないが、プロヴァンスの家庭料理がふんだんに出てくる。大皿にどんと乗せられたサラダ・ニソワーズやラタトゥイユを、わいわい言いながらつまむのである。そして、またワインを飲む。

陽気で利発なアメリカ人のアネットが、W先生をからかっている。その横で笑いをこらえているのが、プエルトリコ人のミラグロス。内気で芸術家肌のフィンランド人のヤコは私の向かいに座り、酔いが回ってくるとようやく口を開き始める。

料理がメインディッシュに移る頃には、宴もたけなわというやつである。話があちらこちらに飛び、笑い声が絶えない。プロヴァンス名物の子羊のロティがあっという間にお腹の中に消えてしまう。

料理とワインと会話、この3つがそろった食卓ほど楽しいものはない。時間がゆっくりと流れ、ワインが少しずつ体に染み渡ってゆく。自分たちの家族や友だちの話をし、フランスについて語り合い、音楽や映画、そして、その日の出来事について延々とおしゃべりをした。
それまで、居酒屋で騒ぐことしか知らなかった私にとって、中庭での夕食はまさに驚きであり、食事というものの楽しさを初めて知った夏であった。

 「ロマンティックだって・・?」
アネットの言葉に、W先生が反応する。からかわれてばかりでは、と、ささやかな抵抗を試みて、わざと難しそうな言葉を並べ立てる。
 「ロマンティスム(ロマン主義)というのは、歴史的に言うと、古典主義のあとに来るものなんだぞ。古典主義というのは・・・」
 「ノンノンノン、プロフェッサー、哲学の話はダメ!」
 アネットに言い返されて、W先生は、やむなく肩をすぼめてみせた。
夕食は、そうやってゆっくりと進行する。夕食が済むと、中庭に面した遊戯室で、みんなにせがまれたヤコがピアノの前に座った。ショパンを好きな彼が弾いた のは、「ノクターン」。普段なら、感傷的な印象があって敬遠気味のショパンではあるが、この時ばかりは、誰もいなくなった静かな中庭を眺めながらじっくり と味わった。テーブルの上に残された食器類を、まかないのおばさんが片づけている。
そういえば、その後、パリに出てから一緒にペール・ラシェーズ墓地に行った時、ヤコがショパンの墓に小さな花束を手向けていたことを思い出す。

8月に入る頃から、アヴィニョンは街の様子が一変する。世界的な演劇祭が始まるからだ。街中で芝居やコンサート、舞踏や大道芸が繰り広げられる。
さらに、演劇祭に参加している関係者などが寮に泊り込むことになる。気がつくと、静かな中庭の夕食は以前の倍の人数になっている。フランス人特有の激しさ で演劇論を戦わす演出家がいれば、女の子に愛想をふりまく役者がいる。ワインが進んで、興の乗ったパントマイム芸人が、中庭の片隅で何やら始めたようだ。 女の子たちの前に出ては、プロポーズのアピールをしている。調子に乗ったアネットが、そのへんで摘んだらしい花を差し出すと、嬉しそうにもじもじと照れる 仕草をし、そのまま、柱に飛びついてくるくると回って見せた。その身のこなし、さすがパントマイムの役者である。ジーン・ケリーのような軽業だ。

夕食が済むと、ほろ酔いの気分で街に出る。街で一晩に行なわれる何百というスペクタクルの中から品定めをするのが、また楽しい。まだまだフランス語も不自 由で、芝居を見ても正直なところ台詞の半分も理解できなかったが、カフェに入っては、ヤコと芝居の感想などを話し合った。7ヶ国語を操り、ほぼ完璧にフラ ンス語を話すヤコは、私のフランス語の先生でもあった。

朝になれば、涼しい中庭は朝食の場となる。カフェ オレボウルいっぱいのカフェオレ、バターやジャムをたっぷりと塗ったタルティーヌ・・・。登校時間がまちまちだから、夕食のように勢ぞろいして、というわ けにはいかない。少しだけ会話をして、それぞれの時間に寮を出てゆく。
 「ねえ、明日の土曜日、フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズに行ってみない?」
ミラグロスが、私の顔を覗きこんだ。そして、隣にいたヤコにも問いかける。「ヤコも一緒に行きましょうよ。」
フォンテーヌ・ド・ヴォークリューズは、ペトラルカも隠遁していたという、美しい泉のある町だ。もちろん、異論のあるはずもない。
 「じゃあ、午後にでも、ツーリスト・インフォメーションでパンフをもらってくるわね。」
朝の風が吹いて、中庭の木がざわざわと揺れた。