フランスかぶれの手帖
le monde souterrain de Paris
パリの地下世界
「オペラ座の怪人」というと、ガストン・ルルーの冒険小説。散々、ミュージカルや映画にもなっているから、ご存知の方も多いはず。
パリのオペラ座の地下に謎の怪人が住んでいて、というから、荒唐無稽なお話かと言うと,、それがそうでもない。パリの地下には、縦横無尽に地下道が通っていて、ひとつの街を形成しているのだ。その全長は、300キロを越えるとも言われる。
「レ・ミゼラブル」にも地下道は登場する。作者ユゴーによれば・・・

「(前略)パリは地下にもう一つのパリ、下水道のパリを持っている。そこには街路があり、四辻があり、広場があり、袋小路があり、大通りがあり、泥水の往来があり、ないのは人の姿だけである。(佐藤朔訳)」

そう、川だってあるのだ。
オペラ座のちょうど真下には、グランジュ・バトリエールという川が流れていて、その水量はセーヌにも劣らず、かつては氾濫してこの辺一体を洪水にしたこともあるという。

ヴィトンだ、カルチェだ、三ツ星レストランだ、と騒ぐその足元には、真っ暗なもうひとつの世界が広がっているというわけだ。

パリの地下世界の歴史、それは、パリの地下で良質の石膏が掘り出されることから始まったもの。特にモンマルトルの石膏については、科学者としても多彩な才 能を発揮した十六世紀の陶工ベルナール・パリッシーも絶賛しているというくらいで、いつの間にかパリの地底は石切場として穴だらけという状態になってし まった。

そんなパリの地下世界、今では、ダンフェール・ロシュローのカタコンブ見学で、そのほんの一部を垣間見ることが出来る。カタコンブとは、地下墓地のこと。壁一面を覆う髑髏の間を歩いてゆく勇気があれば、是非、挑戦してみてください、是非。

カタコンブの見学コースの中には「サマリテーヌの泉」と呼ばれる泉があって、底まで見渡せるような澄んだ水を湛えている。この名はおそらく、「ヨハネの福 音書」中の、イエスが女に水を汲んでくれと話しかけるソマリア(サマリテーヌ)の井戸から頂戴したものだろう。
面白い話があって、1813年、この泉に4匹の金魚を放したところ、そのまま繁殖せずに二年間生き続けたという。
1886年になって、今度は鯉を放流したが、この時も結果は同じであった。
そして、さらに1900年頃にこの泉を観察したヴィレなる生物学者の報告によると、透明の小さなえびが発生していたというのだ。人間の気まぐれが、パリの 地下世界の生態系を変えてしまったわけだ。パリの地下世界に息づく透明のえび、というのも何だか神秘的。

友人の話によれば、1980年くらいまでは、若い人たちの間でパリの地下世界探検が行なわれていたらしい。
友人もそのひとりで、週末の夜になると、地下へ潜入し、地図を作りながら朝まで地底を歩き回っていたと言うのだ。その地底散歩の途中で、やはり同じように探検をするグループと出会ったりして、情報を交換することもあったという。
パリの地下には果たして何があるのか。友人の説明を聞いてみよう。
まず、どこへ行ってもぶつかるのは下水道。しかし、一歩下水道を離れると、まるで鍾乳洞の中のような風景が待ちかまえている。かと思うと整備された道路も あって、そこはちょうど人が通れるほどの高さと広さとを持っており、一見迷路のようでも、きちんと通りの名などを記した標識があるという。
例えば、きれいな泉などいくらでも存在するらしい。その眺めはまさに南仏あたりの洞窟に匹敵するもので、思い切って水を飲んでみたところ、市販されているミネラル・ウォーターなんぞよりよっぽど旨かった、というのだが、どうも疑わしい。
それにしても、地下の泉、いや、地底湖、などというと、ほとんど、ジュール・ヴェルヌの「地底探検」ではないか。
夜を徹して歩き回り、地上に顔を出してみると、入った場所からは数キロも離れた街だったりすることもあったという。
とにかく、そんな世界を探検するのが楽しくて仕方なかったらしい。

ところが、地下でディスコパーティーを開いて大騒ぎしたり、行方不明になって迷惑をかけたりする輩が増えたことから、当局が、市内に数箇所あった地下への入り口を塞いでしまった。
友人が出入りしていた穴は、13区、中華街のショワジー通りの鉄道の廃線跡にあった。

そういえば、私も中華街のはずれに住んだことがあった。
パリの古いアパルトマンの地下には、カーヴと呼ばれる倉庫があって、住人たちの物置になっている。そこへ降りてみると、その片隅に木戸のようなものがあ り、ところどころ破れた穴から覗いてみると、向こう側には、ぽっかりとした暗闇が広がている。木戸には鍵がかけられているから、それ以上進むことは出来な いが、もしかしたら、あれは、パリの地下世界への入り口だったのかもしれない。
何度か、鍵をこじ開けて入ってみようかと思ったこともあるが、その度に、臆病風に吹かれて断念した。今になると残念のような気もするが、やはり、それは正解だったと思う。

どなたか、パリの地下世界を探検してみようという、勇気のある方はいらっしゃいますか・・・?
                                   
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 ガストン・ルルー「オペラ座の怪人」創元推理文庫
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