フランスかぶれの手帖
Paris d'Arsène Lupin
怪盗ルパンのパリ
フランスに最初に触れたのはいつだったかな、と考えてみる。
フランス映画、フレンチ・ポップス・・・記憶を次々とさかのぼってゆくと、最後に出てくるのは、何を隠そう、怪盗ルパンなのである。

私たちが小学生の頃には、ポプラ社から出ていたルパン・シリーズが、少年探偵団シリーズと並んで人気があったのだが、私が最初に読んだのは、集英社だかの 「少年少女名作全集」みたいなシリーズの一冊、「怪盗ルパン」。小学校1年か2年の頃、母に買ってもらったのだと思う。夢中になって読んだ最初の本だっ た。何度も何度も繰り返して読んだ。その後の読書の傾向、興味の対象も、どうやら、この本によって決められてしまったのかもしれない。

アルセーヌ・ルパンは、ご存知の通り、ルパン三世のおじいさんに当たり、20世紀初頭ベル・エポックのフランスを騒がせた大泥棒にして名探偵、そして冒険家である。
「怪盗ルパン」は、ルパンのデビュー作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」を含む短編集で、登場と同時に逮捕されてしまったルパンの獄中での活躍なども描かれている。
ルパンが拘束されていたのは、パリのラ・サンテ刑務所。これは、カルチェ・ラタンの南、ポール・ロワイヤル通りに面している。ルパンは、ここから、セーヌに浮かぶシテ島の警視庁に取り調べに回されるわけだが、移動の途中で脱走してしまう。
その時のルパンのたどったコースはこうである。
サン・ジェルマン通りとの辻あたりから、カルチェ・ラタンの目抜き通りであるサン・ミッシェル通りを南下し、リュクサンブルール公園入り口の手前からパンテオンに向かって伸びているスーフロ通りに入る。そして、この通りのカフェで、タバコとビールを注文するのである。
「悪いが、財布を忘れてきた。ラ・サンテ刑務所までお金を取りに来てくれたまえ。僕の名前はアルセーヌ・ルパン。」
などと言ってカフェの人々を煙に巻き、そのままカフェを出ると、サン・ジャック通りを抜けて何と刑務所に帰ってくるのだ。そして、その後、裁判の日を迎えることとなるのだが・・・。

この最初の短編集は、数多いルパンの本の中でも一番の出来なのではないかと思う。探偵小説として、あるいは冒険小説としては、他にもっと優れた長編がある のだが、フランス的洒脱さで群を抜いている。何よりも、当時のパリやフランスの空気がリアルに描かれている。愛すべき短編集である。

長編「奇巌城」の舞台である、ノルマンディのエトルタへも足を運んだことがある。
もっとも、「奇巌城」という名前は日本で作られたもので、原題は「空洞の針」。エトルタの断崖から海に伸びた岩のことを指している。小説では、この岩の内部がルパンの隠れ家になっている、ということなのだが、もちろん、実際には、この奇岩は空洞ではないらしい。

ほとんど同じ頃、海の向こうのイギリスにはシャーロック・ホームズという名探偵がいた。年齢で言うと、こちらのほうが30歳ほど年上になってしまうが、実はこの二人、三度ほど対決したことがある。
といっても、ルパンの作者ルブランが勝手にその小説に登場させてしまったわけで、いろいろと悶着もあったらしい。実際、ルパンと戦うホームズは、どうも偽者くさく、ホームズをマニアックに研究する、いわゆるシャーロキアンたちには相手にもされない。
まあ、ハリウッドが顔をしかめたという、「キングコング対ゴジラ」みたいなものか。

その後、ルパンは日本にも姿を現す。
江戸川乱歩の「黄金仮面」がそれ。
何と、日本が誇る名探偵・明智小五郎と対決することになっている。
しかし、この事件が起きた1930年頃には、最後の冒険「カリオストロの復讐」を終え、ルパンはすでに引退しているはず。引退後の物見遊山だったのか?
ルパンと戦うホームズが胡散臭いのと同様、こちらのルパンもどうも様子がおかしい。
しかし、その来日の際に日本女性と関係を持ち、生まれたのがルパン二世だとすれば、このルパン、案外、本物だったのかもしれない。


ちなみに、1970年前後に人気を博したテレビドラマ「キイハンター」にルパン四世を名乗る悪役が登場し、「キル・ビル」でもおなじみ、サニー千葉こと千 葉真一と、何故か派手なアクロバット合戦を展開したことがある。林の中、全力疾走しながらも、ひんぱんに宙返りなどの離れ業を繰り返すルパン四世を、これ また負けじと執拗に軽業を披露しながら追い詰める千葉ちゃん。踊る阿呆に見る阿呆、といったところか。もちろん、勝利の女神は我らがサニー千葉に微笑むわ けだが、あれは夢だったのだろうか、と、今でも時々思うことがある。


パリに住んでいた頃、私はよくスーフロ通りのカフェに入った。
右手にリュクサンブール公園、左手にパンテオンが見える。ルパンを真似て、ビールを注文することはしたが、もちろん、食い逃げをしたことはない。
そして、帰りも、ラ・サンテ刑務所には向かわず、メトロのリュクサンブール駅に向かうか、27番のバスに乗るかしていたのだけれど。
それでも、ほんの少しだけ、子供の頃のヒーローであり、私の目をフランスに向けてくれたルパンを気取ることができて、やけに嬉しかったことを報告しておこう。


※ルパン? リュパン?
 私たちは、普通、「怪盗ルパン」と言う。「ルパン三世」然り。
 しかし、創元推理文庫版では、「リュパン」という表記になって
 いて、違和感を覚える人も多いと思う。ルパンは、Lupinと書き、
 実は、「リュパン」と表記した方がフランス語の正しい発音には
 近い。
 「ルパン」方式を採用すると、映画監督リュック・ベッソンは、
 ルック・ベッソンと表記しなければならなくなる。
 まあ、外国語を日本語で表すには限界があるわけで、何が正しい
 とか間違っているとかなどと言い出しても意味はないけれど。
 大正の頃に初めてルパンを訳した保篠龍緒らが「ルパン」とした
 のだが、確かに、日本人には「リュパン」はどうも発音しにくい
 し、「ルパン」で正解だったのだと思う。
 「リュパン三世」っていうのも、何となく元気がなさそう。
 やっぱり、ルパンはルパンでないと、ということか。
 
                               

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