| フランスかぶれの手帖 |
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料理人たち
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フランスに暮らし始めて、妻が最初に知り合った日本人が、料理人だった。Y君とい う。
当時、2つ星のレストランで修業をしていた。星つきレストランなんていうものは、私たちにとって想像を越えたものだったから、とにかく珍しくて、何かにつけて、
料理を作ってもらったり、食材について教えてもらったりもした。それまで、日本円に
して500円以下のワインしか飲んだことのない私に、「そんなの、ワインじゃあないで
すよ。」などと豪語し、ボルドーやブルゴーニュを持ってきてくれた。
彼が住んでいたホテルというのが、セルジュ・ゲンズブールの家と同じ通りにあった 「オテル・ヴェルヌイユ」。どういうわけか日本人料理人ばかりが住む安ホテルだ。遊びに行くと、とにかく、それまで見たことのない、「フランス料理のコックさん」がう じゃうじゃ。暗く歪んだ階段を昇り降りする彼らを、ほとんど珍獣でも眺めるように、 そっと観察していたものだ。
その後、Y君がホテルを出てステュディオを借りた。近々、Y君の奥さんがフランスにやってくる。そのために借りた小さな部屋だった。
15区の、エッフェル塔からも近 い場所で、一階には小さなビストロがある。路地にはみ出したテラスが、毎晩、地元の客で賑わっている様子が窓から見下ろせた。
その部屋で、前祝いと称してY君の仲間が集まった。例の、安ホテルに集う日本人料理人たちである。その場に、何故だか私たちも呼ばれた。
日本でいえば、4畳半とか6畳とか、その程度の狭い部屋のあちこちで、料理人たちがそ
れぞれの料理を進めている。5〜6人いただろうか。みな、2つ星、3つ星で修業する一流の料理人たちである。
肉を焼く人、オードヴルを作る人、魚をさばいている人、デザートを仕込んでいる人。 部屋にはコンロがひとつしかないから、あとは、キャンプ用のコンロを使う。私たち は、わずかに空いた部屋の片隅で、その異様な光景をただただ呆然と眺めていた。
「ねえ、百武さん、火が入りすぎじゃないの?」 「・・・大丈夫だよ!」 いらいらしながら答えているのが、百武氏。
部屋は狭いが、ここはレストランの厨房か?と錯覚するような修羅場が展開していた。
キャンプ用の小さなコンロでも、プロたちの緊張感が漲っている。シェフたちの競演と
いうやつだ。負けず嫌いの彼らのこと、お互いに、弱みを見せたくなかったに違いない。
さあ、食事開始。 ブルゴーニュのジュヴレ・シャンベルタンを抜いた。
乾杯!の後、シーンと静まり、グラスを口へ持ってゆく。息詰まる一瞬である。誰も、お互いの出方をうかがっている。 その静寂を破ったのが、年長者のI氏。お兄さんも有名なフランス料理人だ。
「うん、うまいね。」 ほっとしたような空気が流れ、「うまいですね。」と口をそろえる料理人たち。
椅子などない。まさに、4畳半の下宿で学生たちが酒を飲むように車座になり、中心に
置かれたフランス料理をつついた。シェフの競演には違いないが、このシチュエーショ
ンは何だろう。今にも、誰かが、フォークギターを爪弾き、「あなたは、もう、忘れた
かしら〜♪」などと歌い出しそうだ。窓の外には神田川か?
たまたま廊下を通りかかったアパートの隣人も入ってきた。セネガル人だったと思う
が、まるで同じ下宿の学生といった扱い。部屋の様子を見て、びっくりしたような顔を
している。彼が驚くのも無理はない。
「まあまあ、食べて行って下さいよ。」
一番、フランス語が流暢で、そつがないのが、T氏。きわどい話も厭わない。数年前に
オープンした彼の店は、今、都内でも最も旬な店のひとつとなった。
とにかく、珍しい体験だったと思っている。 「おいしい」を連発しながら暴飲暴食を重ねる私の横で、妻は、密かに何かを得ていた
のかもしれない。
こんなこともあった。ある日、Y君夫妻が遊びに来て、前日、「アルページュ」という
有名レストランに行った話をしてくれた。「おいしかったですよ〜。」という。
そこへ、日本人の男がふたり訪ねてきた。夏休みの一ヶ月、一時帰国する間、部屋を借
りてくれる人を探していたところ、連絡をくれた人たちである。 料理人は料理人を知る。ふたりが部屋に入った瞬間、Y君は、「あ、こいつら、料理人
だな。」と、ぴんときたらしい。果たして、二人は料理人。それも、「アルページュ」
で働いているという。 何の事はない。Y君たちは、前日、このふたりの料理を食べたかもしれないのである。
ばつが悪そうに、無言で顔を見合わせていた、Y君夫妻の表情が忘れられない。
Y君は、その後、3つ星レストランに移り、帰国後は、奈良に店を出した。ここ数年は急 がしいようで会っていないが、彼らに教わったことは実に大きい。
百武氏は、その後、パリを離れ、地方の名店で修業を重ねた。時々パリに遊びに来て、 私たちの部屋に泊まっていった。もちろん、一宿の恩義に、と、そのたびに、料理をお願いしたことは言うまでもない。 今でも、埼玉県・上尾にある百武氏の店には、年に何度か、必ずお邪魔している。都内にもこれほどの店はないだろう、と断言できる、骨太ながら神経の行き届いた本物のフランス料理。決して近い場所ではないのだが、いつも、百武氏の料理が楽しみでならない。
お近くの方は、是非、足を運んでみてください。
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↓↓↓百武シェフの店↓↓↓
メゾン・ドゥ・アーシュ
http://www.marugoto.ne.jp/ageo/dh.html
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