フランスかぶれの手帖
voir des films japonais à Paris
パリで観る日本映画
外国にいると日本が恋しくなる。日本の情報に飢えてくる。
インターネットなどない時代のことである。
それまでは、日本映画などあまり見ない方だったのに、パリに住んでいる時は、日本映画がかかると必ず観に行ったものだ。

黒澤明、小津安二郎、溝口健二、そして大島渚・・・このへんの、いわゆる「巨匠」の映画は、常にパリのどこかで必ず上映されている。さらに、年に数本、新 作の日本映画が上映されるわけで、日本ではまず観ないであろうと思われるようなものでも、いそいそと出かけてしまう自分が悲しい。

ある夏の一ヶ月、私は、実に30本もの日本映画を観た。
そんなことが可能なのか?可能なのである。

夏のバカンス中、フランスでは新作映画は上映されない。秋までおあずけ。
その代わり、各映画館が、競って特集を組み、古い映画などをまとめて上映してくれる。だから、映画マニアは、この時期に映画館をハシゴする。
その年、特集を組まれたのは、小津安二郎、市川崑、鈴木清順、そして、フランスでは初めての本格的な紹介だったという成瀬巳喜男。特に小津などは、サイレ ントも含めて、現存する作品の大多数を上映してくれていたと思う。小津をまず10本。あとは、それぞれの監督のものを5〜6本ずつ。その他に、「ストレン ジ」映画特集などと題して、塚本晋也の「鉄男U」だとか、緒形拳主演「復讐するは我にあり」まで上映している映画館もあった。ほら、合計30本である。

ちなみに、7月14日の「巴里祭」の夜には、鈴木清順の「刺青一代」を堪能した。こんな日に、こんな映画を観に来るフランス人などいるものかと思っていた が、これが、結構、いるのである。巴里祭に、高橋英樹のヤクザ映画。ミシンとコウモリ傘ではないが、何とも言えないシュールな出会いであった。

大の小津ファンである私は、パリで小津映画を観るという行為に、至福の時を見出していた。
カルチェ・ラタンのはずれ、サン・ジャック通りからわずかに入った寂しい路地の映画館「ステュディオ・デ・ジュルシュリーヌ」。
フィルムが途中で止まり、その日の上映が中止されることもあったが、客の入りは常に良かった。
おかしいのは、笠智衆や原節子らの美しい会話にうっとりとしながらも、目はつい、スクリーンの字幕を追ってしまうこと。もちろん、フランス語である。日本 語で喋っているのだから、わざわざ字幕を気にする必要もないのだが、ついつい読んでしまう。悲しい性である。これは直しようがない。それに加え、小津作品 の大きな魅力であるセリフが、どう訳されているのか気になってしまうということもある。なるほど・・・とか、え、それはちょっと・・・などとひとりごとを 言いながら、映画を見ている。
ネイティブな日本人として映画を楽しみながら、同時に、フランス人の目でも観ている、などというと、さすがに大げさか。

やがて映画が終わる。
斉藤高順の音楽と共にエンドマークが出て、私たちは映画館の外に出るわけだが、その瞬間がいい。すっかり戦後の東京の風景に浸りきっていたと思ったら、そ こは、現代の石畳のパリなのである。時間も空間も何も整理がつかなくなり、しばし呆然としてしまうのだが、その時の酔っ払ったような気分、何度味わっても 飽きることはない。

小津映画の余韻をひきずりながら、目抜き通りへ引き返し、本屋でも覗いてみるか、それとも、カフェで何か飲もうか、いや、このままメトロに乗って部屋に戻るか、そんなことを考えながら、風景を見回して歩く。
少しずつ、自分がパリにいることを把握してゆく。東京の風景が少しずつパリの風景に覆われてゆく。現実に引き戻されたようで、ちょっと寂しい。

もっとも、今では、東京の街こそ現実で、パリの街など夢のまた夢になってしまったのだけれど・・・。