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| ■ トルビアック橋から |
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| sur le Pont de Tolbiac | ||||||
| トルビアック街のセーヌ河岸といえば、ここ10年で激しく変わった地区なのだが、というのも、蔵書数1000万冊という巨大な国立図書館がここに移転してきたためである。大げさでもなんでもなく、風景が一変してしまった。 20年前、妻が初めてパリに遊びにきた時、スペイン行きを計画していたのに私の滞在許可証がおりず、予定を数日間延期したことがある。カルチェ・ラタンのホテルはもう引き払ってしまっていて、夏休みのことだから、安ホテルはどこも一杯。ツーリスト・インフォメーションでやっとのことで予約してもらったのが、実は、トルビアック街の、セーヌ河岸のホテルだった。 オステルリッツ駅からリュックをかついでセーヌ沿いに歩き出したものの、それまで歩いていたパリからはかけはなれたうらぶれた風景に変わってくるにつれ、妻の表情もこわばってきた。それは、フランスに来て2ヶ月くらいしかたっていない私にしても同じことで、カフェもブティックも何もない、廃墟のような古ぼけたアパルトマンと汚らしい倉庫が建ち並ぶだけの灰色の風景に、不安を抱いた。この界隈は、労働者の街といった様子で、時折りすれ違う男たちが珍しそうに私たちを睨
私たちのホテルは、セーヌ河岸、トルビアック橋のたもとにあり、一階は殺風景なカフェ。タバコの煙が充満し、労働者が昼間からワインやパスティスを飲んでいるような場所で、無愛想な中年のギャルソンの腕には刺青があった。今にも泣き出しそうな妻を引っ張るようにして傾いた階段を上がり、部屋に入ると、私たちはほっとして、ベッドに座り込んだ。 一度、部屋に入ってしまうと、妻はもう二度と外に出ようとしない。窓からは、対岸のベルシー地区の、無骨な倉庫たちが見渡せた。まるで世界の果てにきてしまったようなそんな心細さを感じていたものだ。 探偵ネストール・ビュルマものを書いた推理小説家レオ・マレの作品のひとつに「トルビアック橋の霧」があるが、霧深い場末の風景としてトルビアック橋を登場させているわけだから、掛け値なしに寂しくうらぶれた界隈なのだ。 「実際、装飾を一切拒否し、ひたすら孤独のなかに存在することを課せられた憂愁に満ちたこの橋は、孤独な人々を誘うに十分である。」と、北嶋廣敏氏は書いている。 当時は、まだ、こんなパリが点在していて、その後すぐに取り壊されて再開発地区となってしまった、リヨン駅の裏側のシャロン地区などの殺伐とした風景なども憶えている。 「何か食べに行こうよ。」 と言ってみたが、妻には、そんな気は起こらなかったようだ。とにかく外に出たくなかったらしい。今では、ちょっとやそっとでは食欲を抑えることができないくらいたくましくなった私たちだが、当時はまだ若かったのだろう。一階のカフェでも何か食べさせてくれたに違いないのだが、まさか、そんなことは考えもしなかった。 仕方がないので、食料を調達すべく、私はひとりで外に出た。ホテルのすぐ横にセーヌから延びている通りがあり、私は、地理も何もわからないまま、この通りを上がっていった。何にもない通りだったが、途中で、オステルリッツ駅から延びた鉄道をまたぐ鉄橋となり、さらに進んでゆくと、通りの右手に一軒だけ、アラブ人のやっている食料品店があった。 私は、ここで、ワインと、パンと、チーズ、そして、ハムを買い、再び通りを下って、ホテルに戻ったのである。 実は、この通りこそトルビアック街で、あと数分歩けば、その2年後にふたりで住むようになるアパルトマンがあったのだが、そんなことはもちろん知るはずもない。そのあたりまで来ていれば、中華街のはずれだから、手ごろな中華料理屋でも見つけられただろうに、その時は、何もわからず、たった一軒見つけた店に飛び込み、また逃げるように、ホテルに戻ったというわけだ。
そのホテル、そして、カフェの名前は、「ゼフィール」という。 トルビアックに住んでからも、何度か散歩がてら、ここへ来て、カフェに入り、刺青のギャルソンの顔を懐かしく拝んだものだ。もうその頃には、怖がるどころか、こういう場所が大好きになっていたのだから、これもひとつの成長だろうか。 そんなセーヌ河岸のトルビアック街が、すっかり変わってしまった。 開発地区として、古びた建物はすべて撤去され、かわりに巨大なショッピングセンターやレストランが並ぶ、無味乾燥な一帯になってしまった。対岸のベルシーも、「ベルシー・ヴィラージュ」などという施設が出来てしまったから、セーヌをはさんだこの界隈には、もう昔の面影はない。 「ゼフィール」のあった場所は、こぎれいなオーガニックのレストランになっていた。もちろん、建物そのものが新しくなっている。タバコ臭いカフェが、オーガニックのレストランに・・・この事実が、トルビアックの変貌ぶりを表している。 「ここ、あのホテルの場所だよ。」 「へえ、そうだっけ、何も覚えてないけど・・・。」 妻はそう言うが、私はしっかりと覚えている。食べ物を求めて、この通りをずっと下っていったのだから。もちろん、これだけ風景が違ってしまっては、覚えていないというのも無理はない。 「そういえば、今回、まだセーヌの河岸に降りていなかったね、降りてみようか。」 と言って、妻が橋の脇の階段を降りていった。シテ島とか、サン・ルイ島とか、パリの中心地のセーヌの眺めとはちょっと違う。ここはパリのはずれだ。もう少し右手にセーヌをさかのぼると、そこはもうパリ市外になる。
鉄橋を渡った。線路の脇の一角に、昔と変わらない風景を見つけて嬉しくなった。ほんのわずかなものだったが、ここをきっかけに、また20年前の風景が頭によみがえってくる。 「ほら、この店、多分、この店だな、パンやチーズを買ったのは・・・。」 緑色の幌が突き出た、ごく普通の食料品店だ。店の中を覗いてみたが、これもごくごく普通の店内だから、何か覚えているかといわれても、何も覚えていない。 「何だ、アパートからこんなに近かったんだね。」 妻が、しみじみと言う。トルビアック街に住んでいた当時も、妻は、セーヌに近い界隈へは全くと言っていいほど足を運ばなかったから、このあたりはよく知らないのだ。 「そう、近かったんだよ。だけど、その時は、そんなことわからないからね。だけど、何で、あんなにびくびくしていたのか、今考えると、おかしいね。」 「馬鹿だよね。」 「うん、馬鹿だ。」 20年前に存在した、場末のパリの街。あんな風景は、おそらくもう珍しくなってしまったに違いない。そんなものを見ることができただけでも、幸せだったのではないかと、今では思っている。 ■ 「巴黎(パリ)」ウジェーヌ・アジェ(リブロポート) ■ 「レオ・マレ自選集1 トルビアック橋の霧」中野貞雄訳(文芸社) ■ 「パリの橋」北嶋廣敏(グラフ社) |
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