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| ■ 移動祝祭日その2 到着 |
| a mouveable feast 2 |
| シャルル・ド・ゴール空港に着いたのは、夕方5時前。 空港の大きな窓から見える風景というのは、たいてい、どこの国でも同じようなものだから、ここが成田だとか、ケネディ空港だとか、言われても、よくわからない。まだまだ、パリに到着した、という実感は沸かなくて当然だろう。まして、今回乗った飛行機は全日空。乗客のほとんどが日本人だから、よけいに感覚が狂ってしまう。 ただ、時折聞こえるアナウンスがフランス語だったり、ゲートへ向かう長いエスカレーターに懐かしさを感じたりしているうちに、ああ、ここは、パリなのかな、と思う程度だ。 荷物を受け取って、タクシー乗り場へ行く。 目の前のタクシーに乗り込もうと思ったら、「あっちだよ。」と、違うタクシーを指さされた。順番があるようだ。運転手は東洋系、おそらく、中国人かベトナム人だろう。もちろん、フランスで生まれたからには、立派なフランス人なのだけれど。 タクシーが走り出した。 しばらくは、何もない郊外の風景が拡がるだけで、ここでも、パリへ来た、という強い感情は生まれてこない。ふたりで、ぼおっと、暗くなり始めた景色を眺めている。車内に低く流れるラジオで、フランス語が聞こえてくる。何を言っているのかはよく聴き取れない。 IKEAだとか、CASTORAMAだとか、見知った建物を目にすると、「あ、イケアだ。」「カストラマだ。」とか、口にする。何か懐かしいランドマークを確認してゆくことで、パリへやってきた実感を覚えようとしていたのかもしれない。 やがて、タクシーは、パリのペリフェリック、つまり、環状線に入り、モントルイユ門から市内に入った。いきなり、ベルシー地区やセーヌ対岸のトルビアックの新都市が見えてきて、そのまばゆさに目を見張った。見慣れた懐かしい風景はそこにはない。 セーヌを渡り、植物園の裏側を通って、細い路地をハイスピードで飛ばしながら、タクシーは、私たちのホテルに到着した。7時。あたりはすっかり暗くなっている。 部屋に入ると、まず窓を開けてみる。 ホテルの向かいは、小学校だ。眺めていたら、教室の最後の灯りが消えた。 ちょっとだけベッドに横になって手足を伸ばしたら、もう、外に出たくてたまらなくなってくる。 「とにかく、出よう、とにかく。」 「わかってるって・・・。」 妻をせきたてるようにホテルの外に出た。 どこへ行くのかって?もちろん、カルチェ・ラタンの中心、サン・ミッシェル! ホテルを出るとすぐにクロード・ベルナール街。バス通りを西へ歩く。この界隈はカルチェ・ラタンのはずれで、いつもバスで通っていたから、もう自分の庭みたいなものだ。ふと、何の違和感もなく当たり前のように歩いている自分に気づいて、驚く。そう、何の違和感もないのだ。昨日も、一昨日も、この道を歩いていた気がするくらいだ。15年ぶりに歩いているなどという感覚は全くない。 パン屋、お菓子屋、古本屋。いつも見慣れた風景みたいだ。 外へ出る時は、まるで、映画や絵はがきの中へと入りこんでゆくくらいの気持ちをもったものだったが、正直なところ、ちょっと拍子抜けである。 「ねえ、違和感ないよねえ。」 ふと、妻に向かって言ってみる。 「そうそう、ない、ない。」 妻も、不思議そうに答える。 久しぶりだというのに、何の違和感もない、ということに、むしろ違和感を覚えてしまうくらいだ。パリに着くまでずっと抱いていた不安が一気に吹っ飛んだ。さっきまでの緊張感は何だったんだろう。 「パリ時間旅行」の中で、著者の鹿島茂氏は書いている。 「ひとたびパリの石畳を踏むと、日本にいた期間がどれほど長くともその時間はきれいに括弧にくくられて凍結され、この前パリを離れていたときにストップしていたあの時間がまた静かに流れ始める。それは、本当に、止まっていた体内時計の針が動きだすような感じなのである。そして、そのパリでの時間は、以前に何回かパリに滞在したときのすべての時間とひと続きになって、まるで日本での時間はかりそめのものであったかのように、確固たる実体をもちだしてくるのだ。」 そして、そんな時間の流れ方を、「パリ時間」と呼んでいる。 そう、まさに、パリ時間だ。私たちは、15年前のパリの続きを見ているみたいだ。 実際には、その間に、私は、2回、妻は、4回、パリに来ているけれど、そのすべてが、つながってしまうのだろう。 見慣れた風景の、見慣れた建物や店を確認するように歩きながら、私たちは、パンテオンを横目に見て、ソルボンヌ広場を通り過ぎ、本屋に入り、妻の好きなサン・タンドレ・デ・ザール街を歩いた。とにかく、ぶらぶらと街をうろつく。 機内でも映画を見続けてほとんど眠っていない妻が、さすがに眠くなってきて、もうこれ以上歩けないというので、そろそろ、夕飯の場所を決めなければいけない。 この日は、20年前、泊まったことのある「オテル・ステラ」の一階のビストロ「ポリドール」に入ることにした。ビストロとしては、あまりに定番すぎて面白みもないかもしれないが、まあ、よい。1845年創業、ヴェルレーヌやランボー、ジイドやヴァレリー、そして、ヘミングウェイやジョイス、アルトーやケルアックなどの文学者も通いつめたという、由緒正しき安定食屋というのが、この店だ。「これがフツーのフランス人がフツーに食べているフツーのフランス料理だ」と、玉村豊男氏は言っている。時代遅れかもしれないが、その分、古きパリの匂いを残したビストロであることは間違いない。 席は満杯、ごちゃごちゃしとした騒然たる店内で、私たちは、ビストロの定番、ブッフ・ブルギニヨンと、ブランケット・ド・ヴォー、そして、赤ワインをピッチャーで注文した。こういうものが何よりもおいしくて、私たちは大好きなのだ。もちろん、私の知る限り、フツーのフランス人だって、こんな料理が一番好きなのである。 「水を下さい。」と頼んだら、ウェイトレスのおばさんに、「水なら、テーブルの上にあるよ!」と言われた。そう、カラフに入った水がすでにテーブルに備わっている。隣のおじさんたちと分け合って飲む。まるでラーメン屋であるが、そういう飾らなさがビストロの魅力でもある。 デセールは、タルト・タタンに、タルト・シトロン。すべてが定番。 当たり前のものを、当たり前の顔をして平らげてゆく。 ついでに書いておくと、トイレも、かなりクラシックなパリ。 凍結されていたはずのパリ時間は、これでまた見事に、もとに戻り、時を刻み始めるわけだ。 そして、食後は、また当たり前のようにパリの街に出て、歩いてホテルまで戻ったのである。 ■ 「パリ時間旅行」 鹿島茂 (中公文庫) ■ 「とっておきのパリ左岸ガイド」 玉村豊男+大村真理子 (中央公論社) ■ Polidor 41,rue Monsieur le prince 5e tel 01.43.26.95.34 |
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