Douce France

doouce France
真冬のパリだったが、日本と同じ暖冬、ぽかぽかと陽の射す日もあって、そうなると、街の散歩も心地よくなる。

そんな時、妻は、「douce France」という歌をついつい口ずさんでしまうのが癖になっているようだ。これは、私たちが大好きなシャルル・トレネの名曲。日本では、「優しいフランス」とか、「うまし国フランス」などと訳されている。
試みに、一番の歌詞を訳してみよう。


   記憶の中に
   懐かしい思い出がよみがえってくる
   私の黒いスモックが見える
   あれは小学生の頃に着ていたもの
   学校へ向かう道すがら
   大声で歌っていたのは
   歌詞のない歌
   昔の古い歌

   優しいフランス
   懐かしきわが故郷
   何の不安もなく幸せだったあの頃
   君はいつでもぼくの心の中
   
   ぼくの村
   鐘楼と質素な家々
   同い年の子どもたちと
   幸せを分かち合った
   
   そう、君を愛してる
   だからこの詩をあげる
   そう、君を愛してる  
   嬉しい時も つらい時も

   優しいフランス
   懐かしきわが故郷
   何の不安もなく幸せだったあの頃
   君はいつでもぼくの心の中

「歌う狂人」の異名で知られるトレネは、シャンソンにジャズ的なリズムを持ち込み、湿っぽくない、弾むような明るい曲調でフランスの国民的な歌手となった人だ。ユーモアと、優しさと、スウィング。これが、トレネの魅力である。
この「douce France」、ゆっくりとしたテンポの中にも、トレネのスウィング感は生きている。

「douce」という言葉は、「doux」という形容詞の女性形。これは、「France」フランスが女性名詞だからだが、意味としては、「うまし」でも、「優しい」でももちろん正解なのだが、それだけに限定してしまうと何だかつまらないような気がする。それくらい、豊かな意味合いと、語感を持つ言葉だ。
例えば、味覚的な「甘さ」や、感覚的な「心地よさ」も意味している。穏やかな、温暖な、温和な、柔らかい、そんな意味も含んでいる、ということを忘れてはいけないし、「ドゥース・フランス」と、ふたつの言葉の語尾が、同じ「ce」で終わるところも、この言葉の甘美さを一層際立たせている。
もちろん、この言葉、昔から、フランスを表すものとして使われてきたものなのだが。

さて、トレネは、フランスを歌っている。フランスへの愛を歌っている。
この曲が書かれたのが、1943年であることを思えば、「嬉しい時も つらい時も」という表現が、ナチス・ドイツの占領下という時代とは無関係でないことは当然だろう。もちろん、歌全体に愛国主義的な匂いがしてしまうのだが、まあ、今はそんなことは考えなくても、この曲は素晴らしいし、優しく懐かしい歌である。

ここで歌われているフランスの風景は、もちろん、パリではない。
トレネは南仏のナルボンヌ生まれだから、おそらくは南仏の穏やかな風景を歌っているに違いないのだが、どこで生まれ育っていようが、この曲は多くのフランス人にとって、普遍的に懐かしく聴こえるもののようだ。いや、私たちにも、どこか懐かしく響く。まるで自分が南仏の風景の中で生まれ育ったような、そんな懐かしさを覚える。フランス人になった気分だ。
フランスには嫌なところも沢山あるけれど、この曲には、フランスの良さ、魅力があふれている。

たとえパリであろうと、天気の良い日には、この歌が口をついて出たとしても、おかしくない。

   
Douce France
   cher pays de mon enfance
   bercée de tendre insoucience
   je t'ai gardée dans mon coeur


口ずさんだり、口笛を吹いていると、さらに気分が良くなってくる。曲のテンポも散歩の歩調に合っているらしい。私たちの、フランスのテーマソングみたいなものだ。今回の旅行中、何度口ずさんだことだろう。

シャルル・トレネは、1975年、一度、引退している。それを、もう一度、表舞台に上げたのは、トレネの大ファンであり、ピエール・バルー率いるサラヴァ・レーベル出身の歌手ジャック・イジュランだ。1987年、つまり、私がフランスに渡った年に、トレネは、復帰のコンサートを大成功させている。

トレネは、21世紀になってすぐ、つまり、2001年の2月に、パリの郊外で、87才で亡くなった。
フランスの良き時代、そして、喜びと優しさを歌った、稀有な詩人であった。
   
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