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| ■ ジョルジュ・ブラッサンス公園の古本市 |
| marché du livre |
最初に、その古本市に連れて行ってくれたのは、同じアパートに住んでいた韓国人のミャンファンだった。現象学についての博士論文を準備していた彼は、とにかくものすごい勉強家で、私と散々飲んで、私が酔いつぶれて眠ってしまった後も机に向かって朝まで勉強をしていたらしい。私たちは、彼のことを、「勉強マシーン」と、ひそかに敬意を込めて呼んでいたものだ。 「ジョルジュ・ブラッサンス公園の古本市のことを知らないの?じゃあ、連れて行ってあげるよ。」 そう言って、ミャンファンが連れて行ってくれたのが、15区、メトロ「コンヴァンシオン」駅の、ジョルジュ・ブラッサンス公園。その片隅で、毎週末、古本市が開かれる。 それから、月に一度か二度、この古本市に通った。 ある時、18世紀イタリアの銅版画家ピラネージの作品が欲しくて、店番をしていた男に、「ピラネージはありますか?」と尋ねたことがある。 「ピラネージだって?お若いの、いくらするかわかっているのかい?」 と、ぷいっと、横を向かれた。それはそうだろう。私だって、そのくらいはわかっている。いや、私が欲しかったのは、あくまでもレプリカ。ちょっと前に、この古本市のどこかで、二束三文で売られているものを見たのを思い出しただけなのだ。ところが、それを説明するタイミングを逸してしまい、男は、もう、他の客と話をしている。私は、何だか、恥ずかしくなって、そそくさと逃げ帰ったのを憶えている。それも、今ではいい思い出だ。 ![]() それにしても、この古本市で、何冊、いや、何十冊の本を買ったろう。 普通の古本屋などよりも安価で、珍しい本が手に入るのが、この古本市だ。 妻が、三度目のMORAへ行っている土曜日の朝、私は、ジョルジュ・ブラッサンス公園を目指した。94年の渡仏の際に確か来たはずだから、13年ぶりである。 あれだけ通ったはずなのに、駅からの道がわからなくなっていて驚いた。地図を開いても、迷ってしまった。決して方向音痴ではないのだが、どうも、自分の記憶の方がどこかでねじまがっているようなのだ。駅からすぐだったような記憶があるのだが、これほど遠いとは思わなかった。おまけに、広大な公園の正門から入ってしまって、うろうろすること10分ばかり。実は、この公園自体には入ったことがなく、これほど立派な公園だったとは全く知らなかった。 さて、公園の向こう側に、見覚えのある屋根が見えた時はほっとした。 そう、ここだ、ここだ。 それにしても、こんなに広い場所だったのだろうか、改めて眺め回してちょっと驚く。 三文小説はもちろん、文学書、歴史書、美術書、戦記、そして、版画、雑誌、これだけの広さだと、丹念に見て回るだけで、1時間や2時間はすぐに過ぎてしまう。 ぶらぶらと本の間をうろつきながら、ここで買った本、眺めるだけであきらめた本など、いろいろなことを思い出した。本の山の中で、面白そうな本、珍しい出物を見つけた時の、わくわくする気持ちなどがよみがえる。 日本に帰国する際には、送り返す本だけで段ボール何十箱分にもなって、日本で待つ母は、その荷物を収納するためだけに、自宅のベランダに倉庫を作ったものである。そういえば、そのまま私の部屋で積まれ、すっかり埃をかぶってしまっている本もあったりして、ちょっとばかり申し訳ない気持ちにもなった。 ![]() 日本で出版されたトロワグロの料理本を見つけた。 きっと、日本人の料理人が日本から持ち込んで、帰国する際に古本屋に売ったか、あるいは、誰か知り合いに譲ったものが、巡り巡って、この古本市に出ているということだろう。人と同じで、本も数奇な運命を辿ったりするものだ。手に取ってみると、何ヶ所か、日本語の書き込みがあった。一山なんぼ、の二束三文で売られていたので、ちょっと買ってみようかとも思ったが、考え直して、それはさすがにやめることにした。この古本市か、どこかの古本屋で、日本人の料理人か、あるいは物好きなフランス人の料理人にでも買ってもらう方が、まあ、本にとっても本望というものだ。 居眠りをしている店番のおじさんもいる。 値切りの交渉をしている客もいる。 いつまでも、ここにいたいと思った。 妻とは、お互い、お昼頃にはホテルに戻る約束をしていた。気がつくと、もう、11時を大きく回っている。実は何も買っていないのだが、それはそれでよい、という気分だった。私は、ブラッサンス公園を後にした。 ■ marché du livre Parc Georges Brassens rue Brancion 75015 Paris |
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