ある晴れた日に

un beau jour
成田空港で出発を待っていると、つい、口ずさんでしまう歌がある。
ザ・ビートニクスの「ある晴れた日に」という曲。
ザ・ビートニクスは、YMOの高橋幸宏と、ムーンライダーズの鈴木慶一のユニットで、この曲は、2枚目のアルバム「EXITENTIALIST A GO GO」に収められている。作詞は、ムーンライダーズの鈴木博文。鈴木慶一の弟である。

     最後に電話して 君と話してから
     荷物を預けて 時計を見たんだ

というフレーズで始まるこの曲は、空港が舞台なのだ。
そして、飛行機の中へと舞台は移る。

    手を振る君が今 僕の窓に映る
    誰もいないのに 瞳には映る

やがて、飛行機は離陸する。

    空の中で僕は 君を忘れようと
    厚いペーパーバック 開いて眠ろう

    ある晴れた日に旅立つジェット 僕を乗せて

ちょっとセンチメンタルな別れの曲でもあるのだが、実は、この曲、20年前に初めてフランスに出発する時、ウォークマンで何回も繰り返し聴いていたものだ。それから、成田空港に来ると、もう、パブロフの犬みたいなもので、頭の中では、この曲が流れ出して、ついつい口ずさんでしまう、というわけだ。
たった一週間の旅行であろうが、何だか、甘いセンチメンタリズムに浸ってしまう。

空港での見送りというものは、ちょっと独特で、列車の見送りのように、離れてゆく相手をぎりぎりまで見続けるということができない。例の「なごり雪」のプラットホームでの別れや、「男はつらいよ」で、吉岡秀隆演じる満男が、東京駅で後藤久美子演じる泉を見送る際に生まれるドラマだとか、そんなものは期待できない。
出発一時間前くらいには、搭乗口のエスカレーターに乗って見えなくなってしまうものの、本当に、その人が飛行機に乗っているのかどうかなんてわからない。おそらく、数十メートルの距離しか離れていないのに、見送る側と、見送られる側は、もう、別の空間、いや、出国審査さえ受けてしまえば、文字通り、別の国にいるのである。ずいぶんと無機的なものだ。ところが、その無機的なところが、おかしな緊張感や不安感を生む。

空港に来ると緊張してしまうのは、、20年前の朝、何人かの友人に見送られながらこの搭乗口へ入っていったその時の不安を今でもトラウマのように思い出してしまうからかもしれない。
6月の終わり、梅雨の合間の、からっと晴れた日だった。
その時、「ある晴れた日に」を聴きながら乗ったアエロフロートは、モスクワを経由して、ほとんど24時間かかってパリにたどりついた。まだ旧ソ連邦時代のモスクワ空港の殺風景さは、パリへの期待よりも、不安を増幅させた。機内の壁紙がはげかかったような、おんぼろの飛行機の中で、繰り返し、繰り返し、「ある晴れた日に」を聴き続けた。もちろん、モスクワ空港でも。今思い返すと、相当に恥ずかしいが、これも、ひとつの「青春」であろう。

もっとも、いつまでたっても、成長せずに、そんなことばかり思い出してしまうわけだ。
いいか、たった一週間の旅行なんだぞ、と自分に言い聞かせても、恥ずかしながら、成田空港では緊張してしまう。羽田では、そんなことはないのに・・・。

あいにくと、今回の出発の朝は、雨模様。ある晴れた日に、というわけにはいかなかった。
がらんとした待合室で、私たちは、そわそわと落ち着かずに、搭乗のアナウンスを待ち続けた。妻まで緊張しているのがおかしい。2年前に長女を連れてふたりでドイツとフランスに行った時に比べれば、何てことはないだろうに・・・。ふたりして、ちょっと無口になっている。
飛行機が離陸すると、機内に持ち込んだ本もろくすっぽ読むことなく、ワインの小瓶を2本飲んで、映画を1〜2本観ただけで眠ってしまった。緊張すると眠くなる習性がある。ところが、浅い眠りと覚醒とを何度も繰り返す間に、20年前にフランスに渡った時のことを生々しく思い出し、そこから、芋づる式に、忘れていた細かなことまで思い出していた。
パリへ向かうフライト、およそ13時間の間に、パリに住んでいた5年間をおさらいしているようなものだ。昔観た映画の続編が出来上がったとする。早く続編を観たいところだが、その前にもう一度、その映画を観る。そういうことかもしれない。これで、違和感なく続編に入り込めるというわけだ。

パリが近づいてきた。

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