| 昭和のお菓子 |
| choux à la crème |
ケンちゃんのシュークリーム
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シュークリームは、食べるのに難儀する。
そのままシューごとかじりつけば、中のクリームが絞り出されて口の周りや下手をすると服を汚すことになる。フォークで上品にいただこうと思っても、結局、
シューとクリームを一緒に食べることが出来ず、皿の上にクリームが散って、悔しい思いをする。
風月堂のシュークリームが大好物だったという池田弥三郎も書いている。
(前略)
しかしたべ方はむずかしくて、うっかりたべると指がクリームだらけになった。 (「私の食物誌」新潮文庫)
ところが、シュークリームには食べ方があって、それを私に教えてくれたのは、「ケーキ屋ケンちゃん」というテレビドラマの主題歌である。歌っているのは、主演の「ケンちゃん」こと宮脇康之で、こんな歌詞である。
シュークリームはね、ふたですくって食べるんだ
昭和40年代に少年少女時代を送られた方なら、この曲を口ずさめる方は多いに違いない。偉そうにシュークリームの食べ方なんぞを披露してみたが、もちろ
ん、そんなことを知っているのは私だけではないことも承知している。そして、シュークリームを食べるたびに、頭の中でこの曲が流れてしまうのも、おそらく
私だけではないということも知っている。
もしもこの曲、この番組がなかったら、21世紀を迎えた今でも私たちはシュークリームの食べ方を知らなかったことになる、などと言ったら、ちょっと大袈裟すぎるだろうか。
「ケンちゃん」シリーズは、ケーキ屋だけでなく、おすし屋、おもちゃ屋、と、子供心をくすぐるような家庭を舞台にした人気番組だったのだ。
ケンちゃんは、続けてこう歌って、慌て者の子供たちに注意を促してくれる。
だけど 無理しちゃいけないよ
喉につかえて、ヒョッ、ヒョッ、ヒョッ、てなことになるからね
内田百(ひゃっけん)は、ちょっと風変わりな小説や随筆を書く人で、マニアックなファンも多いのだが、この人の「列車食堂」という昭和26年の随筆に、こんな一節がある。
昔「富士」の食堂車であんまり窓硝子がきれいに磨いてあるので、食堂のシュウクリイムを食べそこねた婦人が、あわてて、窓が開いてゐるかと勘違ひして、外へ投げようとしたら、拭き込んだ硝子にぴしゃっと掛かって、クリイムがだらだら流れたのを見た事がある。
(「列車食堂」中公文庫「御馳走帖」所収)
百閧ヘ、食べ物にもうるさい人だったが、シュークリームについては格別に思い出が深いようだ。
百閧ェ初めてシュークリームを食べたのは明治40年頃のことだという。夜、勉強をしていると、無性にシュークリームが食べたくなる。学生だった百閧ヘ祖母
に頼んで、近くの店まで買いに行ってもらうのである。ところが、これが菓子屋ではなく、「広江」という名前の文房具屋らしいから、おかしい。
祖母の手からそのシュークリームを貰って、そっと中の汁を啜った味は今でも忘れられない。(中略)シュークリームをたべると、いつでも祖母の顔がどことなく目先に浮かぶ様に思わはれるのである。
(「シュークリーム」中公文庫「御馳走帖」所収)
シュークリームが日本に定着したのは、明治期の中頃らしい。
明治37年の、例の「食道楽」にも、シュークリームの名前がぽんぽんと出てくるから、百閧フ生まれ育った岡山でも、その頃には、知られた菓子になっていたのだろう。文房具屋がどういう経緯でシュークリームを作っていたのかはわからないが、それくらい、一般的なものだったということだろうか。
当時のシュークリームが1個3銭。私が少年期を過ごした昭和40年代は、70円とか80円とか、それくらいだった。今の値段の半分、もしくは3分の1くらいだろうか。
ショートケーキについてはすでに書いたが、シュークリームも、ショートケーキに負けず劣らず、定番のケーキだった。
ショートケーキでなければ、シュークリーム、まあ、そんなところである。
ただ、子供の絵に登場するのは、決まって、赤いイチゴをのせたショートケーキ。シュークリームを描くような子供はあまりいない。何しろ、特徴がなくて描き
にくい。よっぽど上手に描かないと、ただの岩に見えてしまう。だから、子供は、ショートケーキを描く。描いているうちに、ケーキの代名詞となる。あの三角
形こそがケーキになってしまうのである。
シュークリームだって、食べてみればおいしいのだが、いつも「二番手」に甘んじてしまうような気がするのはそのせいだろう。ただ、二番手には二番手の良さ
がある。存在を主張しない者の慎ましさみたいな清楚な気品を漂わせている。野球で言っても、二番打者、トップバッターとクリーンナップをつなげる重要な位
置にいると言って良い。
最初に書いたように、食べ方がちょっとばかり難しい、特に、人前では、どう齧りついたらよいものか悩んでしまう、というのも、一番手になれない要因でもあ
るのだが、裏を返せば、皿に置いてよし、手で食べてよし、の、機動力のあるケーキと言えるだろう。
シュークリームとは、和製の外来語である。フランス語では、choux à
la crème (シュー・ア・ラ・クレーム)と言って、choux はきゃべつのこと、つまり、クリームを添えたきゃべつ、というほどの意味になる。
シュークリームの生地のことを、pâte à choux(パータ・シュー)と呼ぶが、吉田菊次郎氏によれば、そう呼ぶようになったのは後のことで、もともとは、pâte à chaud(パータ・ショー)と呼ばれていてのではないかという説があるという。chaudは、「熱い」という意味で、この生地だけは火にかけながら仕込んでゆくという事実を考えると、あながち見当はずれとも言いにくい。
うちへおいでよ ご馳走するよ
だって だって だって ぼくんち、ケーキ屋なんだもん
「ケーキ屋ケンちゃん」の歌はこういう歌詞で終わる。ケンちゃんの家に遊びに行くと、きっと、はい、どうぞ、と、シュークリームを出してくれるのだろう。
目を輝かせながらシュークリームを平らげると、口の周りをクリームでべとべとにしたまま、近くの空き地に野球などをしに飛び出す、そんな時代が懐かしい。
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